2013年1月17日木曜日

一日不作一日不食/ロマンゆえの継続こそ力




禅語に「一日不作 一日不食」と言う言葉があります。つまり「働かざる者、食うべからず」という意味です。禅の作務とは人が人であるために、人としてするべき基本的な行いを指しています。働かざる者とは、社会のため、人のために働かざる者という意味です。

チェーンストアづくりは、店を1店舗開いて金儲けをするという次元とは全く違うものです。それが20店舗あるのと意味が根本的に違うのです。その違いを一発回答すればロマンがあるかないかなのです。

チェーンストアづくりは日夜ハードワークが強いられます。しかもチェーンストアづくりには半世紀からの時間がかかります。20歳で関わっても70歳になっていて、それでもまだ未完である場合がほとんどでしょう。 店を一店舗開いて金儲けをするという次元のハードワークとは次元が違うのです。それを支えるのはなぜかと尋ねられても、ロマンとしか言いようがないのです。

ロマンとはなにかといえば、限りない現状否定です。生活者の暮らしに対してこれでいいと肯定しない態度、もっと良くなる、よくできるはずと信じて、自らの現状否定をする毎日なのです。

よく「在り方は分かっているのですが、方法が分からないのです。」と聞きます。しかしそうでしょうか?在り方が本当には分からないから、方法が分からないのが本当なのです。生活者の暮らしにどう向き合えばいいのか、それが分かっていたら方法はどこからでも返って来るものです。

金儲けをするためにどうあればいいのかという意味で在り方が分かっていると考えているから、 方法が分からないのが本当なのです。そこにあるのは、なんとしても売り込みたい、売りつけたいという金儲け意識だけなのです。これでは方法が分からなくても当たり前で、 仕掛けをいかに巧妙に組み立てるかというノウハウに終始するしかなく、このような働き方に自信が持てなくても自業自得なのです。

なぜそうなのかと言えば、現状を是認した上での話だからであって、重箱の隅をつつくような穴探しでしかないからです。現状肯定の立場から出発する以上、出てくるものは姑息なあの手この手しかありえず、人手をかける値打ちのあるビジネスになるはずもなく、新たなビジネスが生まれてくるはずもないのです。つまり儲からない、人材も集まらないというのは自分の行動の結果なのです。

商業に従事する者は、まず現在の人々の生活が本当に豊かなのか、観察するところから始まっているのです。だから異業種であっても気づきの山であって、暇があれば観察して回るのが最初の一歩なのです。それをすることもなく、現状を是認した上での方法探しに云々するという態度から、 男子が生涯をかけて社会のために何事かをやってみるというビジョンは決して生まれてこないのです。

ビジョンがないから、折角の才能も活かせず、方法が分からないと言うような陳腐な言葉になって、自分の間違いが表出するのです。

人々の生活が本当に豊かなのか、観察してみれば分かります。そこで数々の不十分さと錯覚や間違いを発見し、その因果関係を原因から推定した上で分析すれば、不足を充足するための改善策と改革案が出てきます。それが出来るようになるのです。 そうすると自分たちにできることがもっとあると気づきます。

それが方法なのです。



現状は不十分だからこそ現状改革が必要なのであり、それが改善ではなくて改革だからこそ、われわれの情熱の対象になります。改革だからこそ、その道にまい進することに生きがいが生まれてくるのです。情熱がハードワークを問題としないのです。

ところが現状を是認していると、なんとしても売り込みたい、売りつけたいという金儲け主義に終始し、改革どころか改善の情熱さえ芽生えるはずもないので、方法も見つからず、見せかけのやる気に自分自身も埋没してしまい、錯覚の連鎖が止まらなくなってしまうのです。このような仕事の仕方に男子の本懐と呼べるロマンが生まれることもないのです。

ロマンのないようなものに、汗水流して家族を養い苦労する者が見向きもしないのは当然なのです。

ビジョンとは現状を否定し、あるべき状態がたとえ今は到達できそうにない不可能な事に見えてもあきらめず、限界という常識に果敢に挑戦していこうという構想のことであり、短期になし遂げられるものでもありません。長い道程が想定されるがゆえに、生涯の課題として取り組むに値するロマンだからこそ、継続こそ力になるのです。

あなたの職場は就職してすぐに辞める職場でしょうか?世界はまだ使われていないイエスで溢れているのです。男が命をかける職場が目の前にあります。




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