2011年6月16日木曜日

品管打坐 / 成果プロセス主義




成果主義は経営の評価尺度にひとつです。
成果主義の是非には意見が分かれますが、その原因は成果主義と業績主義(実質は結果主義)が混同されている点にあります。
その区別をする意味で、成果主義を「成果プロセス主義」としています。

目標に対する結果の多い少ないではなく、目標に到達したか、しなかったで、評価することを「成果主義」といいます。
「達成率」という概念は、結果主義のことであり、成果主義とは異質なものです。成果主義では達成したか、しなかったのかが問われます。

成果主義に対応できるエキスパートが育成されるまでの期間のみ、過渡期の対策として、結果主義が採用されるのは仕方がないにしても、会社挙げて結果主義を採用するのは、経営での成長を阻害する要因になることを心しておきましょう。

結果主義を採ってしまうと、将棋倒し的に健全な経営システムの崩壊を引き起こします。
システムとは、因果関係で構築されている自動的に形成される仕組みだからです。
いい仕組みを作るには自動的にいい仕組みになるようにいい条件、つまり因果関係の整備が揃っていなければなりません。
ですから、悪い仕組みの場合には、反対に悪い条件が揃っています。
重要ないくつかをいい加減にしていると悪い条件が揃ってしまうのです。
成果プロセス主義は、好ましい条件が揃うようになる仕組みといえます。


成果主義

結果の多寡ではなく、予め設定した目標に到達したか、しなかったで評価すること。
成果主義を現実のものにするには、目標を達成できるエキスパートが不可欠です。エキスパートとは、目標への到達方法を知っている者です。
エキスパート は、経営の要であり、エキスパートとして行動することは数値責任制度で仕事をすることを意味します。エキスパートは 成果主義の象徴的存在です。
成果主義を成功させるには、価値前提の経営であることが必然になります。


結果主義(出来高主義)

結果主義は、達成率で評価するやり方で、出来高主義とも言い換えられます。
結果主義は、 目標への到達方法を知っているエキスパートが育成される迄の過渡期の尺度です。状況に応じた使い分けが必要です。また使い分けによって職位も変わります。
それにしても 、人を育成する仕組みが 破綻していると、いつまでたってもエキスパートが育たない状態では、ずっと結果主義で経営している会社も多いのが現実です。

過渡期にある会社は「成果主義」への転換をめざし、改善するための計画が必要 です。
それには、価値前提の経営に変更する必要があります。

「価値前提の経営」の反対が「事実前提の経営」です。
結果主義を採っている、あるいは結果主義になってしまうのは、事実前提の経営をしているからです。価値前提が企業のビジョン、価値観、理念を出発点にして仕組みを作り作業を作るのに対して、事実前提は場当たり的なご都合主義です。

したがって仕組みも曖昧で場当たり的になってしまいます。
誰も好んで場当たり的なご都合主義を採用しようとは思っていない場合がほとんどですが、ご都合主義になってしまうのは、理念を基本にした経営をしないからです。ですから、他社がしてるから我が社もというようなものが多いのが事実です。

理念というと、よく二文字、四文字の熟語スローガンが多いのですが、実際の仕事、作業に落とし込もうとしていないのが問題といえます。理念というと、それと同じと思う方が少なくありませんが、しっかり整理してもらいたいものです。


ところで、成果主義を導入したものの、機能しない実例が多いのはどうしてでしょうか?
成果プロセス主義にしないからです。

成果主義は、必ず教育・訓練、それに伴う考課・評価と共に導入しないと、単なるノルマになります。必ず教育・訓練、それに伴う考課・評価と併せて導入します。
成果主義が失敗するのは、個人のスキルやモチベーションをあげないまま、つまり仕事が果たせる能力がないままに、報酬などのインセンティブによって目標達成を求める点にあります。誤って導入されている成果主義は、能力と意欲に関心をもたないまま、業績は個人の責任としているケースの多いのが実態です。


簡単に言うと「インセンティブを用意したからやる気を出して勝手にやれ」みたいな面があります。これでがんばってくれたら楽ですが、結局出来ない奴はほっておけということになります。心のメカニズムを無視したやり方、人心への配慮が欠けているのが欠点です。
人気企業なら、それでも成果はあがるかも知れませんが、人が集まりにくい中小企業では、人手不足に陥り「成果主義制度」は頓挫してしまいます。

本社が明けても暮れても、「成果主義制度」の会議をやっている間に、現場は放置されたままで業績は低下、導入しても士気は上がるどころか低下の一途、倒産した実例もあります。
その根本原因は人への関心の乏しさと関連してプロセスへの無関心にあります。本来の成果主義(プロセスを評価する成果主義)は企業のビジョン、価値観に沿って個人個人が貢献を実現するために必要な自発的な行動を促し、企業価値を高めることを支援するものです。

一般に企業活動をしている場合、「評価」という言葉がポピュラーに浸透しています。
それを覆すと面倒なので、あえて強調はしませんが、本当は評価の意識を変えてほしいのです。(だから評価という言葉も使わないことをおすすめします)

評価という言葉は上から目線のため、どうしても「ほめられたい」とリンクします。
つまり顔色を伺う態度を養成してしまいます。そのため自律心を育む障害を作ってしまう結果になります。

自律心が育まれないと「自律型マネジメント」を築くのは困難になります。反対の作用を引き起こすからです。これが問題です。

成果主義の本来は自立心を促すことにあります。成果プロセス主義では、自分で自分の目標を決めて、自分自身で目標達成ができるように自分を管理する目標管理スキルが個人に問われます。個人のスキルアップを目標達成可能レベルにまで引き上げることを条件にします。
個人にはハードな側面もありますが、自立のプロセスを評価するだけでなく、プロセスの共有によって必要なサポートもするわけです。

そこで大きな役割を果たすのが、自立のプロセス共有と評価をする「等級別スキル基準書」です。「等級別スキル基準書」は業績のみの評価に偏らないように、能力開発や人間性も給与に反映するものです。

行動を変える道具の役割、教育の道具となり、目標達成手段にもなります。プロセスをマネジメント&コントロールしながら、「等級別スキル基準書」で成長を、業績で成果を、報酬で承認を、本人にフィードバックすることから、個人個人に安心を与え、チームに所属する多くの人の間で、自分の成長が実感できるようになります。

経営への参画意欲を持つに必要なスキルアップ機会を創出するうえで、「等級別スキル基準書」はその方向性を示し、現在の自分のレベルといま何を、いつまでに何を身につけるのかを知ることができます。

そしてどのようにして身につけるかを自分と上司によって知ることができます。それを実行することで、業績と連動した報酬制度、つまり本来の成果主義が機能しますが、その結果は個人の幸福感にダイレクトに寄与します。
スキルとモチベーションと目標と承認が一体化することで、自尊感情が高まるからです。自尊感情が高まれば他者への尊重心も高まります。
それらが相互に影響しあい、従業員は同じベクトルに動き、企業は活性化します。

自主的に取り組んでくれることを望むトップや幹部にはこれ幸いの方法ですが、失敗している実例は、マネジメントを手抜きしたい人のもとで起こっているといえます。
つまりプロセスに無関心なために「結果主義」に陥ってしまうのです。もともと結果主義で経営している企業が、脱皮する手段として成果主義を導入するものに、単に形を導入しただけで誰も行動を変えようとしないために、状態が変わらないのです。

これはすごく当たり前のことで、行動を変えない限り変わりません。
「目標を達成するとあなたの年間給与はこれだけになります」
これで変わる人は、モチベーションが高く自立心の強いひとです。
そういう人が少ないから、マネジャーの数が一般従業員より少ないのではないでしょうか?つまりエキスパートでしかできないことを万人に求めようとしているのです。
これでは最初から挫折が目に見えている。

成果主義を導入するなら、マネジャーが仕事の仕方を「結果主義」から「成果主義」に変えないといけません。つまりトップが方針を変えるだけでなく、トップをはじめ管理者全員が仕事の仕方を変えないといけないのです。
ところが、トップは方針を変えたが、管理者全員がノルマを背負っただけになっているのです。方針を変えても仕事の仕方は変わっていないのです。

仕事の仕方を結果主義から成果主義に変えないと成果主義にならない。そこで分りやすくするために、「成果主義」を「成果プロセス主義」と呼ぶようにします。結果ではなく、プロセスに注目するようにします。プロセスとは仕事の仕方、手順そのものへの関心です。正しい行動をしていたら、ふさわしい結果は出ます。

間違った行動をしていたら、やはりそれにふさわしい結果が出ます。 それにあわせて評価を変えます。「結果がよければほめる」ではなく、 「正しい行動が継続できるように励ます」に変えるのです。
正しい行動をしていても、ひとは気分で動くので、いつの間にか変わってしまいます。
それを防ぐためにプロセスに注目し、正しいプロセスが続くようにします。「正しい行動が継続できるように励ます」のは大変です。ずっと観察していないといけないからです。

「結果がよければほめる」は、ゴルフをしていてもできます。殿様のようなトップにはうってつけですが、意欲的なトップには不向きで、意欲的なトップが誤って結果主義を採用してしまうと、汗と涙の努力を台無しにします。

マネジャーが、ずっと観察していて、行動に注目して、励ましてもらえたら部下はうれしいものです。部下がやる気をなくしている一番の要因は、自分より上位の職位の人の無関心です。

成果主義は人を、金で動かすものと思い込んでいる人がいますが、そうではありません。
成果主義は心で動かすものです。それを明確にする意味でも、成果主義を成果プロセス主義と呼びましょう。

目標への到達方法を知っているエキスパートを育成する成果プロセス主義は働く人と企業にとって幸福の道しるべになるものです。



成果プロセス主義はブランド創造力になる

成果プロセス主義では心を動かす仕組みを用意して、スタートからゴールに至る全プロセスを支え続けるようにすることが必要になります。
成果プロセス主義を自律型マネジメントの核にして、自然にモチベーションを引き出します。その仕事の仕方が「WAY」になっていきます。


7つのゴールデンルールが個人を育み、チームワークを機能させチームに貢献することからブランド創造力になります。


この構造を支えるのが「励ましの心」です。




低い目標より高い目標のほうが達成しやすいものです。必要なスキルは別にして、成果プロセス主義であってもなくても、部下であっても、あなた本人であっても、目標達成のコツは、集中力をどう引き出すかです。そのために高いモチベーションが必要になるだけで、肝心なのは集中力です。

それには低い目標を設定しないことです。その理由は、低い目標は事実前提だからです。
難易度が低い目標、どうすれば達成できるかという工夫を必要としない目標だからです。人間は意識しないことはできないのです。

工夫が必要なことを難しくないとしたら、習慣化された結果なのです。習慣化されたことは、過去と同じ結果しか出せないのが普通です。
同じことをして違う結果が出ることがおかしいのですから、違う結果を求めるなら違うやり方を講じるようにします。そこで工夫が必要になります。

結果が変わらないような工夫は意味がないわけですから、どうせ工夫するなら少ししかしないのも、たくたんするのも手間は同じです。

ですから思い切り結果が変わる工夫をしたほうが手間が省けるというものです。
いくら工夫しても案が出ないのは仕方ないにしても、まずは、これ以上、逆さまにしても、もう出てこないというところまで、工夫を出すようにします。これは価値前提の経営すべての領域に言えることです。この点が事実前提の経営と決定的に違います。

成果プロセス主義は、価値前提の経営のプロセスとして打つ手ですから、当然、工夫することが内包されています。その点からも目標は低くしない方がいいのです。
経験のない人には、過渡期の対策として目標をベビー・ステップで置くといいでしょう。
ベビー・ステップ▶ストレッチターゲット▶ジャイアンツステップというように難易度がアップする目標設定をします)人と場合によっては、結果主義を使うことはありますが、ストレッチ・ターゲット以上の高い目標を設定するようのが常套手段です。

ところがこういうことを言うと理想論だと言い出す人がいます。その部分だけに注目したらそう思えますが、大局から観たら、また違って見えます。ジグソーパズルと同じで、小さな矛盾は結果的に大きな矛盾となってシステムにならないのです。

ジグソーパズルは、全体を眺めることができるので、間違いのあることが分ります。有無をいわさずやり直しをさせるか、あきらめるかのか選択を突きつけますが、現実は全体を観察できない。だから間違いが分らないし、あっても認められない。

報酬と成果は切っても切り話せない関係になります。しかもここでいう報酬とは金銭だけではない。生き甲斐、やりがい、意欲を伴います。


プロセスに「励ましの心」を定着させる
自立した一人の人間として「権利(スキル)」認める

・自分のための優先順位を決める権利。
・対等な人間として、敬意を持って扱われる権利
・自分の気持ちを言葉で表現する権利
・自分の意見と価値観を表明する権利
・「イエス」「ノー」を自分が選択して伝える権利
・間違う権利
・考えや気持ちを変える権利
・「わかりません」と言う権利
・欲しいものを欲しい、したいことをしたいという権利
・人の悩みの種を自分の責任にしなくてもよい権利
・周囲の人から認められることに頼ることなく、人と接する権利
・ポジティブでなかったり、自己主張しない 自分を選択する権利

12の権利は「スキル」です。
自分の権利を認めることで、 自分以外の人にも同じ権利あることを認めましょう。
権利を認めたらスキルだと考えましょう。

スキルは使ったらいい、使わないと自分を十分に使えないと知りましょう。
自分と相手の権利がぶつかった時、状況と状況がぶつかった時。そこには「境界」があることを忘れずに選択します。
何を選択するかは自分の選択と判断と行動です。つまり自分の責任を積極的に引き受けます。
その時々にいろんな状況、条件がありますが、自分の選択をあらゆる他人のせいにしないようにします、そのときの自分は自分が選択した自分です。積極的に日常に反映して自律心を育み、自立に向かうように進めていきましょう。


7つのゴールデンルール

自分と周囲の人を尊重し励ます
コミュニケーションスキル (効果的コミュニケーション ・対人関係)
プロセスに注目する 
自己肯定スキル(自己認識・共感性)
決めたことは責任をとる
できるまでやる
いまこの瞬間に集中する
意志決定スキル(意志決定・問題解決)
理想と現実の差をうめる目標を選ぶ
目標設定スキル(創造的思考・批判的思考)
感情的な行動をしない
ストレスマネジメントスキル (感情対処・ストレス対処

7つのゴールデンルールが個人を育み、チームワークを機能させチームに貢献することからブランド創造力になります。





禅で言う「只管打坐」とは、「ひたすら、いまこの瞬間に打ち込んでいる」
「只管打坐」こそ、実はいま多くの若者が求めていることなのです。」そう言うと、不審そうな顔をされるミドルマネジャーが多いようです。つまりこの感じ方こそ、外食、流通サービスの人手不足を引き起こして大きな間違いです。

只管打坐とは、道元禅師の提唱された教え。ただひたすらになるまでただひたすらに坐禅をすること、

しかしたいていは、ただひたすらになるまでただひたすらになれずに適当にしてしまう。
この曖昧さが苦しみから抜けきれず、依存的な性質を強めてしまいます。依存的な性質を消費社会は迎合しますので、自分らしさを求めながらも、当人は、トリッキーな消費社会に取り込まれていて気がついていない場合もあります。

しかし、なかには十分認識している人もたくさんいます。そういうものとは一線を画し、自己実現を図ろうとする人たちです。
気がついている、いないにかかわらず、「只管打坐」は見過ごすことのできない言葉なのです。
ただひたすらになるまでただひたすらに行動するには、結果ではなくプロセスへの注目をしないとできません。このプロセスへの関心が苦手なマネジャーが多いのです。



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