2012年9月17日月曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜3.不完全であってもいい権利




萬法一如/9つのアサーション権
〜3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。

知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではありません。
人は成長するために、自分の不足を知り充足することが必要不可欠です。
恥ずかしいと思うと、不完全を知られるのが怖くなって、隠すようになってしまいます。

恥ずかしいと思うことから負の連鎖が始まり、個人はもちろん組織からアサーションな態度がなくなってしまうことが重大な問題になります。

人は無意識に思い込みや、決めつけをしていて、それを、いつの間にか、常識として身につjけています。
・完璧でなくてはならない。
・賢くなければならない。
・誰からも好かれて受け入れられなければならない人の役に立たなければならない。
・人を傷つけてはいけない。
・悲しんでいるときは同情するべきだ。
・失敗してはならないなどをはじめ思い込みはいろいろあります。
・人を傷つけてはならない。
・危険や害のあるものに、人は深刻に心配するものだ。
・物事が思い通りに進まないのは致命的なことだ。
・できなかったり、できないと言葉にするのは、能力がない証だ。
・親、目上の人、上司などの命令や依頼は断ってはいけない。
・上司は~であるべきだ、部下は~であるべきだ、
・男(女)は~であるべきだ・・・

等等思い込みや、決めつけをピックアップしたらキリがありません。
思い込みは自分だけの錯覚・妄想であって思考ではありません。「~であるべきだ。」は自分だけの感情なのです。
思い込みには、さらに思い込みや決めつけの背景には、自己否定感が深く関わっていることが少なくありません。

・私の能力不足を発見されたら困る
・頭が良くないと思われるかも?
・自分勝手な奴と思われるかも?
・自分の話すことはどうせつまらない
・この程度は誰でも考えているだろう
・わざわさ言うほどのことでもないだろう

思い込みでコミュニケーションするとは、妄想でコミュニケーションに等しいと言えます。
なにより思い込みは自分で自分を縛る「禁止令」です。禁止令が働いていると、ステレオタイプの考えに終始します。難関にぶつかるほど、物ごとの見方を自由に変えるスイッチチェンジが必要になります。
しかし思い込みが強いと、不安になるほど画一的な考え方に囚われ対応ができなくなります。

しかしスイッチチェンジができずに柔軟性もないと相手目線で考えることができなくなります。
事実を無視したり、相手に配慮を欠いたコミュニケーションは相手にとって迷惑で失礼なことと言えます。
知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいと考えていると完全主義になりますので、柔軟なコニュケーションができなくなります。一方、自分が知っている範囲の世界に、未熟な人を迎えた場合は、未熟を恥ずかしいこととしてアグレッシブ(攻撃的)になります。視野の広い人から見たら奇異に感じますが当人は小山の大将気分です。

攻撃的に指導されたり、価値の値引きをしながら指導されても、自己満足に終始してやる気は起こらないので成果はあがりません。成果のあがらない理由に指導される側の無知をあげられたりして、どこまでのアグレッシブな態度が続きます。
こうして隠すことでノン・アサーティブ(非主張的)になる一方で、アグレッシブ(攻撃的)という2面性が露出することになりますが、そのどちらにも、率直、誠実、対等、自己責任というアサーション4つの柱がないので、自分自身のライフスキルが育まれることはなく、成長が困難になります。

年齢に比例して奇異な頑固さが強化されるので、リーダーシップが身につかなくなります。
これを防ぐには、若いうちから、「知らないことは聴く」「分からないことは分かるまで聴く」「できないことはできるまでトレーニングする」ようにします。
この態度こそが、知っている、分かっている、できる以上の長所になります。この点をしっかり肝に銘じて実行したいものです。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

不完全であってもいいと開き直られたら困るという心配もありますが、そんなことはありません。
たとえばチームワークは、自分の役割を果たせることが基本で、果たせない場合は果たせるようにスキルを身につけるのが原則です。そのためになにができないのかの発見と充足がリーダーの仕事です。それを果たすために、周囲は出来ないことを手伝わないのが原則です。

このルールに則ってやれば、開き直ってもいいという心配はなくなります。
目標達成のためには、開き直っている時間がなく、不足の充足に躍起になっているのが普通です。

そして、この権利にも他の権利と同じことが言えます。
自分が不完全でいけないと思い込んだ人が管理者になった場合、この思い込みが解決されていないと、やはり部下の不完全を許さなくなります。

人は不完全を克服するために苦しむのは当たり前のことと考えてしまうのです。
自分の不完全を解決する努力は尊いですが、それが義務になっては働く喜びを失うので、働きがいのある職場にすることいは困難になります。どのようにして自律性を引き出すかに焦点をあてるには、まず知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではないことを明文化するのが先です。


アサーション権について

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利





萬法一如/9つのアサーション権〜2.他者と違う自分の価値観を大切にする権利



萬法一如/9つのアサーション権
〜他者と違う自分の価値観を大切にする権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。


前回は9つのアサーション権から、「自分の行動を自分で選択して実行する権利」についてお話しました。今回は「他者と違う自分の価値観を大切にする権利」についてお話します。



    1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
    3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
    4.論理的な説明できなくてもいい権利

人はそれぞれに価値観が違います。そしてそれを認めてほしいと願うものです。
それは言い方を変えると人と人に間にある境界の向こう側にいる自分を認めてほしいと言えます。
人と人に間に境界があるから人間関係は特別な輝きを持ちます。境界のこちらと向こう側で頼みもしないのに自分の応援をしてくれたり心配をしてくれる。
人として無上の喜びの瞬間は、私とあなたは違うという境界があるからです。

境界がなければ、私とあなたの区別がなくなります。
たとえば恋愛はその究極と言えます。権力者がいかなる方法を持ってしても境界の向こうにある真摯な恋心は自由になりません。境界は自由の砦とも言えるのです。それだけに良識と良心を磨きたいものです。

しかし、違う価値観の出会いは激突することも少なくありません。残業を求める上司、急いで帰宅したい部下・・・ 職場ではよくある光景ですが、似たシチュエーションであっても、当事者の組み合わせで状況は一変するものです。「価値観の違いです」で、終わるのではなく、 こんな時こそ 、互いの価値観を伝えながら接点を求める作業が大切なのです。伝えたいこと、伝えたい思い、それが互いに違うときに、コミュニケーションの出番です。

私たちは誰も他者の心を理解する能力など持ち合わせていません。本人でさせ判らない魑魅魍魎の世界を話せば判ると考えるのは幻想です。ひとつひとつの単語の解釈もイメージも違う者同士が判り合うなんて至難の技なのです。
でも、だからこそ互いの違いを知り合うようにして、共感、共有できるものを探し合う作業を通じて、理解しあえないのを前提に、それでも尚、理解を求め合い価値観を再編成していくプロセスがコミュニケーションであり、そのプロセスに共鳴するのではないでしようか。もう一度言います。プロセスに共鳴するのではないでしようか。
すばらしい出会いとはそういうことで、結果ではなくプロセスなのです。誰にも他者と違う自分の価値観を大切にする権利、言い換えると他者と違う自分の価値観を大切にする義務があるのです。
相手を理解しようとする熱心な姿勢を知ることから共感が生まれるのです。真摯な態度を知る経験を重ねるほど、価値観の違いを感じることは大きな楽しみになり新たな創造に発展します。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

「説明しても分からない部下がいる。話をしても通じない。」よく聴くお話です。
こういう場合、まず相手の価値観を認めているかがポイントです。
どちらが先に認めるか・・・ということを気にする方がいるかも知れませんが、対等がルールですから、判っている側から積極的に認めてあげればいいのではないでしょうか。思い込み、決めつけが先にあるとしたら、正論を伝えていても、他者と違う自分の価値観を大切にする権利を認めていないとコミュニケーションは台無しです。むしろ正論であればあるほど相手を傷つけてしまいます。
まず相手の価値観を傾聴し、どこがどう違うのか、その理由はどこにあるのか、ひとつずつ障害を外していく作業が必要です。面倒くさいかも知れませんが、それをしておくと後々が楽なのでかえって時間の節約になります。
販売、営業は、価値観の違いを調整していく仕事といえます。全く違う価値観を持った人に、違う価値観をぶつけていくのですから、価値観が違うでは仕事になりません。
相手のメリットを伝えることなしにコミュニケーションは成り立ちません。ただメリットを伝えるのではなく、心を動かさないとメリットになりません。心が動いたことがメリットなのです。

社内・社外を問わず、心が動かない正論は正論でないと考えて、なにをどう伝えたら心が動くかを念頭にコミュニケーションを進めたいものです。

心を動かすツール、つまりコミュニケーション・スキルでいうツールとは、思考の6段階モデル(ブルーム博士)、PDCA、PPM分析、マーケティング4P、5W1H・・・・をはじめとする世界中で使われ精査されてきた思考ツールです。これらツールについては後ほど説明させていただきますが、 思考ツールを使うスタートが他者と違う自分の価値観を大切にする権利を遵守する心意気ではないでしょうか。



■ ブルーム博士の思考の六段階モデル

知識 … 暗記力(事実、言葉、やり方、分類を知っている)
理解 … 内容を解釈したり、言い換えたり、説明したり、推し量ったりする能力
応用 … 知識を一つの状況から別の状況に移すことができる能力
分析 … 全体の中の部分を見つけたり、区別したりできる能力
統合 … 部分を組み合わせて、統一された全体をつくりだせる能力
評価 … 基準を使って情報の価値や使いみちを判断できる能力
出所:ベンジャミン・ブルーム「教育のねらい分類」

次回は、9つのアサーション権から、「(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利」についてお話します。


 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利



2012年9月16日日曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜1.自分の行動を自分で選択して実行する権利




萬法一如/9つのアサーション権
自分の行動を自分で選択して実行する権利

禅の言葉に「萬法一如」があります。「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。アサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。

前回、お話したように主なアサーション権には9つあります。今回はそのひとつ自分の行動を自分で選択して実行する権利について説明します


自分の行動を自分で選択して実行するのは万人に認められた権利です。
これには自分の希望や要求を伝える権利も含まれています。

目上の人や権威のある人に対して、自分の欲求や希望を伝えるときは、控え目にするのがよいと思い込んでいる人がいます。
この考え方は、自分が目下の場合、自分の欲求や意見を容認するのは相手であり、自分ではないという判断に基づいており、叶えられるのは相手次第という解釈です。

この考え方に立つと、自他肯定、自他否定など生きる構えのメカニズムが働き、逆の立場、自分が目上の位置にいるときは、相手の欲求を操作できるということになります。自分がそうであったように欲求を抑圧したり、弱点を探して指摘することで人間的な価値を値引きします。あるいはその立場にあっても自分の意見は欲求は相手次第という考えになります。
前者はアグレッシブ(攻撃的)、後者はノン・アサーティブ(非主張的)になので、共にお互いを尊重したWIN-WINな円滑なコミュニケーションはできなくなります。

子ども時代からの体験で培われた価値観の影響によりますが、そこには自分の希望を控える従順な子どもがいます。
欲しいものをねだらない子、必要な小遣いを求めない子、行きたいところを要求しない子、自分の意見、気持ちを言わない子がいます。親には従順でなければならないと思い込んだ体験を重ねた子たちです。

従順な子どもを続けるほど「いい子」扱いされて、自分でもそれをポリシーにしてしまった子は、周囲には素直でも、自分には素直でなくなります。欲求をあきらめる習慣を身につけてしまい、さらに欲求そのものを持たないことでバランスをとる習慣を身につけ、自分の欲求さえ分からなくなります。成長すると自分の目標が持てなくなり、なにをしたいのか、なにをしていいのか分からなくなります。
結局、他者の言われるままに行動することがもっともしっくりするように感じて、そのようにします。

しかし人権には、自分の行動を自分で選択して実行する権利が認められています。自分が自分らしく生きて他者が他者らしく生きるには、自分の行動は自分で選択して実行していいのだというアサーション権を行使することが大切です。

自身が行使しない人の前では、他者も使うことが難しくなります。自分が意見を出さないから、相手も意見を出せないというような関係では相手は楽しくもなければ成長もありません。

仮に反対意見であっても意見であって批判ではありません。違いはどこまでも違いでしかなく、間違いではありません。違いがあるから他者との区別もつくのであって、その中から、やがて共感、共有、共鳴に発展します。違いがなければ、あるいは違いを認めない関係性で、ただ合わせる振りをしているだけで自律することもなく、共感、共有、共鳴は生まれません。

自律ができるからこそ共感、共有、共鳴は可能になります。人と人の間にある境界を認めない親分子分の関係性には見せかけの共有・共感でしかなく、本当にはありようがないのです。

私たちは誰でも、自分の要求を持ってもよく、自分の行動を自分で選択して実行する権利を持ってよく、他者に対しても同じことが言えるのです。これを実行することで、自他肯定の構えが育ち、人はみんな対等なのだという意識が自分のものになります。

対等であることを前提としたコミュニケーションが可能なるので互いに受け入れることができます。対等感がないと、自分は劣っているという意識のもとに、相手を見下したり人間的な価値の値引きを探して、常に意味もなく競争的になります。健全な精神の持ち主ならコミュニケーションをしたいと思わなくなりますので、裸の王様になってしまいます。
そのようにならないためにも自分の行動は自分で選択して実行していいのだと意識して行動します。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

それはもっともだと思うが、「指示命令をするときに、自分の行動を自分で選択して実行されたら困る」という声があります。指示・命令は自分で読み書きができ話の内容が理解できることが前提です。この力は自分の行動を自分で選択して実行できる能力そのものです。単に言いなりになって動く場合、指示する側が出しているのは指示命令ではなく指図です。

「生産性」で考えると、どちらが高いか明白ですし、指図をよしとするのは、先にあげたアグレッシブな態度なのです。
特にいまのような社会では、小売サービス業でもマニュアル型ではなく、自律型マネジメントを採用するほうが競争力の点でも有効であり、働き方、職場としても幸福です。


冒頭にお話したように、アサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。


2012年9月15日土曜日

萬法一如/Win-Winを実現する基礎



禅の言葉に「萬法一如」があります。「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。


矛盾のない仕事。そんなものはあるのでしょうか?あります。なぜならすべての根源は同じです。人間は誰もが幸福になりたいと考えています。自分を認めてほしいと思っています。すべてはつながりを持ち、因果関係があります。因果関係に矛盾があるとストレスになり疲労し意欲はなくなります。ですからモチベーションを高める対策は、矛盾をなくすことです。
自分だけが幸福になりたいと思うと矛盾は至る所に生じます。みんなが互いのことを考えて働く仕組みでは矛盾はなくなります。
問題はそうすると自分の利益が減ると考える習慣があることです。とんでもない勘違いです。その発想の根源は不安と恐怖です。不安と恐怖に支配されると人は間違いを間違いと認識できなくなってしまう弱い生き物なのです。弱い生き物がジャングルを生き抜く方法として間違った考えを採ってしまい、結果不安を現実にしてしまうのです。
働いて自分がうれしい、お客様もうれしい、会社もうれしい、「萬法一如」はWin-Winの世界を表した言葉なのです。それはまさしく幸福生産性を高める基本的な教えです。
どうすれば幸福生産性を高めることができるか、基礎から説明していきましょう。では前回お話したアサーション権(基本的な人権)から進めていきましょう。

9つのアサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利 
この9つのアサーション権は、働く喜びが体感できるように、ビジネス以前の問題である「人を大事にする」「大事にされる権利がある」という大前提に立ち戻り、アサーションを核にしてマネジメントを構築するための核となるものです。どれも当たり前のことですが、ビジネスの現場では、目先の問題に振り回されて後回しになることも少なくありません。そのことが組織にとってもデメリットになっていることが少なくないのです。
人間が尊重されることは、人間の気持ちや、考え、意見、価値観も尊重されるということです。このアサーション権を納得し、確信できれば、アサーションはビジネスのかたちとして日常に反映され、結果として目的・目標達成に寄与します。
たとえばホスピタリティ、WIN-WINという概念もそのひとつです。これらは軽々しく流行語やテクニックにしてはいけないもので、仕事の在り方そのものです。
軽々しく扱うほど、自分のアイデンティティが崩れるだけです。
「ホスピタリティ!」「ホスピタリティ!」といくら口うるさく叫んでもアサーション権が無視されている職場に定着することはありません。
私たちは、誰でも自分の欲求をもって良いし、自分の欲求は、他の人の欲求と同じくらい大切にしてもらいたいと思っても良いのです。自分の希望を述べて、依頼をしてもよく、自分の意見を持ち、表現することも、許されている権利なのです。

スイッチチェンジ(物の見方を変える)できる選択と行動の権利は自分にあり、自分と周囲の人を幸福にできる権利の行使を自律的に行い、意欲的な恊働が喜びの内に行えるように重視しています。

萬法一如」の基礎となる9つのアサーション権について説明していきましょう。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利 


2012年9月14日金曜日

一志不退/私たちが必ず幸福になるために



禅に「一志不退」という言葉があります。「いっしふたい」 ・・・・志を立てたら引かないことです。 文字通りの解釈です。



「一志不退」が出来るようになるには、どのような人が、どのようなチームが実践できるのかイメージしてみてください。イメージしたら、まず、毎朝、そのような人、そのようなチームになったことをイメージしてから、実行してください。 チームなら朝礼を利用するのもいいでしょう。
人は誰でも価値ある者と思いたい、思われたいと思うものです。その思いはただ思うだけでは思っただけで時間と共に過ぎて行きます。後には虚しさだけが残ります。

そうすると、自分が大切にされてないと感じると心ばかりか、体調までおかしくなることが少なくありません。またその原因が自分が劣っていることにある思うこともあります。多くの人は、他者と比較しては悩む癖があるようです。

何ごとにも失敗してはいけないと思っている方、自分の欲求や希望を伝えるのも、控え目にするべきだと考えている方、感情を表現を抑圧してしまう方もいます。
疲れ、落ち込み、腹立ち、寂しさ、嬉しいことさえも表現してはいけないと思っている方も少なくありません。
外部評価による力、たとえば役割、地位、さらに自分ではどうにもできないことである年齢、性などによる固定化したイメージによる行動に終始して、自分の内なる力を使わないままに自信を失っているかもしれません。
私どもがよくやるビジネス・アサーション研修では には、次のようなキーワードが出てきます
WIN-WIN、アサーション、アサーティブ、コミュニケーション、スイッチチェンジ、思い込み、決めつけ、イエス、相手目線、アイスブレイク、伝える、傾聴、メリット、ニュートラル、マネジメント、コーチング、ホスピタリティ、ファーストコンタクト、ゴール、プロセス、感情、交渉、プレワーク、モチベーション、共同体、TA、PAC交流、DESC法、 PREP法、SDS法、“WIN&LOSE”、“LOSE&LOSE”、”GIVE&GIVEN” 、率直、誠実、対等、自己責任、じぶん内の力、じぶん外の力・・・・
これらの意味や使い方を説明するので、 それは知識になって記憶に残って行くでしょう。それはそれで悪くはありませんが、 知識の断片がいくらあっても、意味を為しません。 

大事なことは言葉のひとつひとつではなく、「私たちは目的を達成する」という一点にあります。

その一点に集中したとき、これらの言葉はつながって自動的に全部が機能します。矛盾のないアートのように機能する必要があります。
つまりこれらの言葉は、「一志不退」・・・・「私たちは目的を達成する」という志を立てたら決して引かないための道具に過ぎないのです。先人達が使って来たどのキーワードにも「一志不退」の理念が よく手入れされた古いカフェのテーブルやカップのように、 キラキラと宿っています。
では、早速、アサーションについて、
人は生まれながらにして基本的な人権としてアサーション権を持っています。
アサーション権とは、私たちは、誰からも尊重され、大切にしてもらえる権利のことで、人間の尊厳は誰を侵すことも、誰からも侵されるものではないことを意味しています。つまり人はそれぞれに自分であっていいのです。
アサーション権を意識していないと、自分や他者の価値を値引きしてしまい、自分の価値を自分が値引きした分だけ、損している気分が高まります。行き場をなくした自分の言葉や感情は、自分にとっての損と映ってしまい、妬み、恨み、嫉妬の原因になります。無用な他者との比較をする原因にもなります。
特に本来備えている無邪気なこどもの心や保護的な親の心を抑えている傾向が強いひと、つまり社会的規範に敏感な方ほど、その傾向も強くなりがちです。
やがて抑圧は鬱憤(うっぷん)となって、出来なかった感情の表現が、突然感情的な行動として暴発してしまいます。
自分ではいい人と思っているほど、時に残酷なことを平気でやってしまいます。
人間の尊厳は誰からも侵されるものでない意識だけに注目してしまい、自分が他者の尊厳を侵すことに無自覚な行動をとってしまうのです。

私たち身の回りで、意味もなく自分と他者を傷つけ合う悲惨が起こりますが、この傾向が個人生活からビジネスシーンまで広範囲に留まることなく強まっていることに、私たちマートワンでは早くから警鐘を鳴らしてきました。その対策が「ビジネス・アサーション」という活動です。 併せて、幸福な個人生活、仕事への意欲の源泉として、人間力の土台であるライフスキルを最も重視して、ライフスキルを基礎に、その核にアサーション(アサーティブ、アサーティブネス)を据えて20数年以上の研究を重ねてきました。
アサーション~遠くにあるものを近づける活動は、自分や他者の価値を値引きしない、価値を差別する基準をもたないニュートルな位置に立つところからスタートします。元々、誰にも認められているアサーション権を知り、確信をもち、そしてそれを大切にしようとする意志が必要です。

マネジメントのどのシーンを切りとっても、対立がなく自然なWIN-WINが構築できるだけでなく、個人、組織、共同体の幸福が無理なく共有、共感、共鳴できるようすることが目的です。私たちは必ず幸福になることに「一志不退」で臨み実現するのです。


2012年9月11日火曜日

禅とマネジメント



ほとんどの人は賢い。それが困ったことなのです。みんな賢いからぶつかり合う。それにしても完全な人間はいない。ある部分では正しいが、ある部分では主観に走り過ぎ個人の性格が反映されすぎて客観性に欠け整合性を欠く。これが人それぞれに違うから総論賛成、各論反対というややこしいことになります。

しかし、本当に正しい考えにはまとまりがあり、まるでなにかのアートのように美しい。もちろん完全なんてことはないので、痛みを伴うつらい部分もありますが、それをも受容できるだけの説得力を持っているものです。そのイメージが写真です。

禅を表現するときに使われるイメージですね。

たとえば給料に対する考え方と顧客満足には因果関係がありますが、はたして整合性があるか。因果関係と整合性をあらゆる要素に求めてイメージのようにつながったときに、個人個人の考えに説得力を持ちます。

組織の価値観が個人の価値観と融合し、モチベーションを高め、組織のマンパワーが個人のモチベーションの総和以上になったとき、組織力と呼ぶにふさわしいエネルギーになります。家族でも同じです。

もし、総和以下のものであるなら、組織とは言えず烏合の衆でしかない。もともと烏合の衆が集まっただけのものを組織に仕上げて行くために価値観が必要で、価値観の背景にあるのが因果関係と整合性です。因果関係は自然に存在しています。それをひとつひとつ解いたときの価値観にばらつきがあると整合性がなくなるのは当然で、説得力を持つことはなく、説得力がなければ賢いみんなが持論を展開してまことに賑やか。船頭多くして、船、山に登るということになります。そんなときこそ、○や、○○。



2011年7月2日土曜日

無尽蔵/結果主義が無尽蔵な能力を枯渇させている


無尽蔵とは、尽さざる一切のものを蔵していることの意味です。
計画は頭の痛いことであるけれど、観察と実験を基礎にして、あきらめずに「どうすればできるか」を繰り返せば、その知恵は自分の内から湧き出てくるものです。無尽蔵である能力に結果主義でフタをして能力を枯渇させる仕組みがある限りチームは成長しません。

結果主義は、達成率で評価するもので学校の試験とよく似ています。
一方、成果プロセス主義は100%に到達したか、しなかったかの評価です。

これだけでは、あまり違いがないと感じる方も少なくないと思いますが、成果プロセス主義と結果主義の違いは、実は似ても似つかない世界なのです。会社内の考え方、行動のすべてで、驚くほど違いが生じてきます。

たとえば運送屋さんにたとえると・・・
大阪から名古屋までの引越しサービスを依頼したら、新しい転居先である名古屋まで運んでくれます。まず途中で荷物を放って帰ることはありません。
いってみればこれが成果主義です。必ず任務を達成するのが成果主義です。
近くまで行って「終了時間なのでここまでです」と途中で放って帰るようなことをするのが、結果主義です。

つまり主体性が「目標達成」にあるのと、「自分の都合」にある違いがあります。

その違いは目標達成のプロセスのすべての部分で起こります。必ず達成するには、達成する方法を練る必要があります。しかも、ただ練るだけでなく、その方法は実現できるかどうかも検討します。できないことを計画しても無意味だからです。成果主義での正しい計画は必ず"実行可能なこと"を計画します。そして計画通りに実行します。計画通りに実行するが一番大変なわけでが、正しい計画なので確実な方法です。

ところが、そうでない会社やチームが多いのです。目標はあるけれど、どうしていいのか分らない会社が多い。可能性の高い計画が立案できないのです。計画が曖昧だから、計画通りに実行してもしなくてもどうでもいいみたいな会社が多い。こういう会社では働き方が真面目かどうかが評価基準になります。具体性がないのでコメントも「感情的な表現」が中心になりますが、肝心なことを具体的にどうするのか、いくら聞いても分らない。これで会議したらどうなるか、結果は明らかです。

本当なら計画があって、その通りに実行しょうとしたら、達成できないといけません。それが理想で現実は違うのが世の常だとしても「どうせ出来ないから計画はデタラメ」からは何も生まれませんが、計画通りに実行して問題が生じることは改善の糸口になります。問題点を発見することが計画力を高めていきます。学習体験がキャリアになります。

計画通りに実行することは、実行するスタッフに実行できる能力が有るのか無いのか確認が必要です。できない場合にはできるようにトレーニングします。あるいはできる者が担当します。これをするから人が成長します。

感情的な表現で具体的な問題を放置したままでは、滅私奉公式にやる気があるように見せておけば大丈夫だと意識させる結果になります。計画通りに実行しない会社(チーム)では人は育ちません。育たない仕組みがあり、育たない仕組みが機能しているからです。

そもそも計画を立案するときに、実行能力は確認しておくべき重要なテーマです。これをしていないから結果主義になってしまい、やる気を高めることもできないのです。進歩のきっかけがないので、いつまでも状況は変わらず全体のモチベーションは低いままです。目標は悪い現実に合わせざるを得なくなり、モチベーションの高い人材は減る一方になります。

会社は発展していかないと、従業員の期待にも応えることができないので、発展をめざしますが空回りします。結果、誰も本当の原因がどこにあるのか分らないまま、競合他社の実績と比較して結果を嘆くことになります。不信と対立の原因になり楽しく仕事ができない環境が作られます。仕事ができない環境が醸し出すやる気のなさを嘆いても原因はやる気ではなく、仕組みにあり、問題は仕組みを改善しない方が都合がいいように感じている人の在り方にあります。仕組みを改善の着手すると能力不足が露呈すると感じる人がいるからです。

結局、必ずスタッフの能力不足が問題になり、現状の力を向上させなければならない場面に遭遇します。楽しくない社内には重い空気が沈殿し否定感が日常化します。否定感が日常化するほど結果主義が続きます。

成果プロセス主義のいい点は具体的な方法と遂行能力、つまりプロセスの追求が中心です。「期間内に出来るまでやり続ける」が核になる思想なので、ハードなように感じますが、罪を憎んで人を憎ますが風土になります。本当は成果主義の方が人に優しいのです。どうしていいのか分からないためにストレスが続くより、これさえすればやれるストレスの方が心理的には楽なのです。

日本の成果主義が次々と失敗したのは、やる気のある言葉さえ使っていたら、まあまあ通用した世界に、結果を出せと迫ったために、どうしていいのか分からないを解決しないまま、導入したからです。

成果プロセス主義では100%達成しなければならないので、そこで必ず教育・訓練が必要になり、人が育つ機会が生まれます。
教える側も教えれる側も成長しなければ、100%の達成ができないからす。その試練が目標達成の力の源泉になります。

人が育つと、新しい店舗を増やしても、成功させる可能性が高まります。店舗を運営している場合には多店舗展開が可能になります。これこそが、働く人を幸福にする入口なのです。

ノルマを成果主義と呼んで、何も教えず叱咤激励しているのは、壊れた考え方で、そんなものは成果主義ではありません。一方の結果主義も、「がんばりましたけれど、ここまででした」で通ってしまう世界ですから、目標に現状を合わせる必要がありません。現状に目標を合わせてしまえる世界ですから、人の育成はしなくても通用してしまいます。ギャップこそが成長の根拠です。

ギャップを避けると、知らず知らずの間に経営の危機が生まれてしまうのです。ところがギャップに注目されると自分の非が指摘されるように感じる方が多いのも事実です。

成果プロセス主義は目標に現状を合わせるために、能力不足を放置できないので、人が成長します。
結果主義は、能力の不足を放置しますので、人が成長しません。この違いが、チェーン展開の場合には、はっきり出ます。成果主義は店を増やすことが可能になりますが、結果主義では様々な角度から見ても店は増やせないのです。

特に現代では、多店舗展開をしている会社は「成果プロセス主義」を貫かないと破綻してしまいます。では、どうすれば「成果プロセス主義」で、運営することが出来るのでしょうか?

結果主義をとる場合の理由はひとつです。まだ、マネジャーが成果主義で取り組みだけの技術を持っていない場合です。つまり一時的な過渡期の対策として教育期間として限定的に結果主義を採択します。
しかし、慢性的に結果主義でしか運営できないとなれば、社内のシステムに明らかな欠陥があることを意味しています。その欠陥とは、計画が立てられないにつきます。

ではなぜ、計画が立てられないのでしょうか?
計画のヒアリングに必要な時間をとっていないからです。計画に対する認識がズレているのです。

くり返しますが100%達成できないのは、計画が正しくないからです。正しくない計画で走らせてしまうことが達成できない原因です。

これなら達成できるという計画が提出されない限り計画を受け取ってはいけないのですが、ヒアリングや策定の時間をあてていないために、無計画に近い根拠のない計画を受け取ってしまっているのです。結局、計画から離れた実績を見ることになりますが、すべて終わった後なので、反省するに留まります。

これこそが問題ですが、いくら反省しても、次の計画に生かされないために、反省が反省になりません。
先にもあげたようにこんなことを続けている限り、成果主義での運営ができませんので、人が成長しません。人が成長しないから、結果主義でいくしかないという悪循環が断ち切れなくなります。ますます人は育たず先細りになるばかりなのです。

この原因のためにどうあがいても成長軌道に乗らないばかりか、衰退の一途を辿る会社が少なくありません。その破綻は退社による人手不足から始まります。


無意識であれ、結果主義の発想をしている人には、計画の策定に共通した欠点があります。たとえば計画を立てるときに、過去の実績を参考にたてます。このときにお客様からの依頼のあった商品や、偶然性の高い商品まで計画に組み込みます。

一見現実的なようですが、実はまったく馬鹿げた発想です。なぜなら偶発的なものを計画に組み込んでも、自発的な行動では、意識の外になるからです。

たとえば小売業では、商品点数を増やすことで、1 商品当りの販売目標を少なくすることをします。少なくすることで、実現可能な気になっていますが、実際の行動段階では多くの商品を意識していませんので、販売活動が起こりません。
その上、重点商品とした商品も数を少なくしていますので、これくらいなら売れるだろうという、いい加減さなのです。おかげで、教育・訓練を避けることができます。つまり、「何もしなくても達成できるはず」という無謀な計画なのです。

せいぜい、売れる根拠もないテキトーなセールストークをテキトーに通知する程度です。達成できないのが当然のやり方をしているから、達成できないのです。
これを断ち切るには、計画を事前に聴く事です。
聴いたときに実現可能かどうかの判断をすることが、始まりなのです。

実現可能でない計画は却下すべきです。受理している限りマネジャーの成長も、マネジャーに預けた人材の成長もありません。
どの商品に対しても、努力を必要としない過去の実績に毛のはえた程度の目標には、人が自信を深め成長する機会を阻害するばかりで、成果主義にいつまでも取り組もうとしない態度が見えます。

成果プロセス主義は、100%達成が当然ですから、どうすれば達成できるのかを考え行動します。そうでないと100%の達成があり得ないからです。

たとえばある販売会社で、セールストークを用意したとします。数値目標が高いほど、セールストークを活用する場面が増えます。そうしないと達成できないからです。そこで反復が起こります。反復こそ最強の訓練なのです。OJT です。

しかもその反復する内容が、計画段階で練りに練ったものなら精度も高いので、ヒット率も高いはずです。そこで起こることは「また売れた」という実感を味わう機会が増えます。すると面白くて楽しくなるので、より自信を持って、反復が繰り返されます。ますます自信が深まります。さらなる反復は反復は単純化され、その効果はさらに高まります。実行が楽なので反復が数多く実行されます。単純化された作業は実行しやすいのです。

これによって専門化が進みます。繰り返されるそれは、やがて特殊な才能に進展します。特殊化が進むと競走上の圧倒的優位になります。マクドナルドやスターバックスは、その優れた事例です。

売上、収益を増やすために、商品群を増やす場合がありますが、それだけでは反復は起こりません。単純化され、身体で記憶しないたまにするような作業がいくら増えても、決して競争相手の優位に立てないのです。記憶しなくていい計画を作った結果です。

毎日毎日同じことを反復している会社や店 と、記憶すらない会社や店とでは、実績が同じであるはずがありません。成果プロセス主義と結果主義は、こうして見事に定着するのです。それは勝手にそうなったのではなく、いずれの場合も、従事する人たちが、総力挙げて、そのようした結果なのです。

あれを少し、これを少しというような、反復が起こらない販売計画では、このようなことになりません。おかげで、スタッフはどの商品に対しても自信が深まりません。その証拠に、当然ですが目標達成率が低い会社や店 ほど人が育っていません。

目標を達成している会社や店は反対の現象が起こっています。反復を重ねることで、コツを身体でつかむレベルに達します。達成感を味わう機会も増え、意欲が高まる機会が増えます。意欲が高まるとさらに反復が起こりますので、さらにいい結果が生まれ、好循環が起こります。

反復が生じるのは、それが20:80の原則でいう重要な20%のことだからです。
このような状態はどこで生まれるのでしょうか?
計画が作り出すのです。

努力を必要としない過去の実績に毛のはえた程度の目標には、人が自信を深め成長する機会を阻害するばかりで、成果主義にいつまでも取り組もうとしない態度が見えます。

成果プロセス主義は、100%達成が当然ですから、どうすれば達成できるのかを考え行動します。そうでないと100%の達成があり得ないからです。結果主義には、会社も人も破壊する危険が満ちています。一見ハードに思える成果プロセス主義こそ、科学に裏づけされた、人間に対して、やさしい方法なのです。