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2012年12月10日月曜日

萬法一如/ビジネスシーンはGIVE&GIVENが王道


人間関係には、大きく分けると共同的人間関係と交換的人間関係があります。
昭和のイメージを継承しているビジネスシーンではGIVE&TAKEの交換的人間関係に偏る傾向がありますが 、今頃、GIVE&TAKEを唱える人は少ないでしょう。相手の喜びを自分の喜びとする共同的人間関係つまりGIVE&GIVEN を推奨しています。

GIVE&GIVENと相手の喜びは自分の喜びを同じ感覚で捉える方には、GIVE&GIVENに懸念を抱き、GIVE&TAKEを選択するようになります。そのくせWIN-WINを標榜したりするという矛盾に気がつきません。

この間違いの原因は、アサーション、アサーティブの理解不足から生じている「GIVE&GIVEN?=相手の喜びは自分の喜び」の図式です。これではアサーションになりません。

アサーション権でご説明したように、自分を大事にして相手も大事にするアサーションと、相手の喜びは自分の喜びとする生き方は全く異質で、後者はアサーション権を手放すことでしかありません。GIVE&GIVENは、自分を大事にして相手も大事にするためです。
その理解を深めていただくには、より大きな人間関係といえる「共同体」への認識を深めていただくのが早いのではないかと思います。

共同体(コミュニティー)は以下のように大別できます。

・地球家族
・アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オセアニア
・国
・都道府県
・組織、集団、グループ、町内
・家族
・核家族
・カップル、友人




共同体を意識として捉えている範囲には個人差がありますが、実際には人間はいくつもの共同体に属していて、互いに影響を受けまた与えている相互依存の関係にあります。

これら共同体との関わりを「戦略の3C」を使ってフレームワークします。
戦略の3Cとは、Customer(顧客)、Company(自社)、Competitor(競合)です。3Cのバランスを熟慮して効率的な関係を育むようにします。
マートワンのビジネス・アサーションでは、しきりに相手目線で考えることを強調しています。
この3Cについても同じで、自分目線で観るのと、相手目線で観るのでは全く違った風景にもなります。念を押すと、自分を大事にして相手も大事にするのは、目標を達成するための在り方として効率がいいからです。併せてテクニックではなく在り方であることも念を押しておきます。
マートワンのビジネス・アサーションでは、この3Cを共同体として捉えています。つまりチームワークです。店舗を核にした会社・従業員・お客様・地域社会をひとつのチームととらえます。地域社会には競合も含んでいます。きれいごとではありません。それも戦略なのです。
禅語に「萬法一如」があります。「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。
仕事をして「お金を稼がないと世の中で生きて行けない」しかしそれだけではありません。社会のためになにかすることです。あなたのしたことで周りが笑顔になり、感謝してくれる。この喜びこそが個人にとっては生きる喜びの実感なのです。仕事イコール喜びと考えるのです。あなたにできることがあるはず。それが仕事になり、花咲き、ビジネスとして成功していく。
たとえばAppleを考えてみましょう。Appleの製品は美しい仕上がり、使いやすいので「印刷業界」「教育関係」に喜ばれました。しかし安価な WINDOWSがパソコン市場ではシェアを獲得し、倒産の危機を迎えます。Appleは個人をターゲットにして生き延びを図り、Macをコアにしたプロジェクトを展開します。 iPodは大ヒットし、さらに iPhone 、iPadで人々に生活の在り方を変えることで世の中を変えました。この物語は萬法一如」のいい例です。
自分だけが幸福になりたいと思うと矛盾は至る所に生じます。みんなが互いのことを考えて働く仕組みでは矛盾はなくなります。
問題はそうすると自分の利益が減ると考える習慣があることです。とんでもない勘違いです。その発想の根源は不安と恐怖です。不安と恐怖に支配されると人は間違いを間違いと認識できなくなってしまう弱い生き物なのです。弱い生き物がジャングルを生き抜く方法として間違った考えを採ってしまい、結果不安を現実にしてしまうのです。
働いて自分がうれしい、お客様もうれしい、会社もうれしい、「萬法一如」はWin-Winの世界を表した言葉なのです。それはまさしく幸福生産性を高める基本的な教えです。



2012年11月1日木曜日

萬法一如/責任を引き受ける権利




一番最初に、Win-Winを実現する基礎として9つのアサーション権を説明しました。


これらを見ると、一般に組織人として働く場合、認められない態度です。それをあえて認めることを基礎的な権利として提案しているのは、すべての働く人を尊重するととも、お客様を尊重するからです。それは「私たち」の一員になるためであり、「誰でも責任を引き受ける権利」があるからです。この権利こそがアサーション権の集積です。

一般に責任を引き受けることを嫌いますが、問題は果たせる能力がないことであり、それを恐れます。その恐れから責任を引き受けることを嫌います。

この問題を解決する事が永続的なモチベーションを高めることになります。実際には責任を果たせる事こそ喜びであり、やりがい、生き甲斐になるものです。責任は誰かのためにあるのではなく、まず自分のためにあります。自分の責任を果たせないことは、自分の生き方そのものである人生を失うことに他なりません。人生を失うことは恐怖であり、恐怖から逃げることから様々な問題を引き起こします。それこそが「私たち」からの脱落に他なりません。

責任を引き受ける権利が履行できるように、次に点で自分がどのレベルにあるか10点満点で採点してみてください。
  • リスクをとる(目的・目標から逃げない。目標とは数値目標だけではない。)
  • チームの一員としてチームワークをする(自分のする事が分かっていてそれが果たせる)
  • 自律している(「私たち」であるために自分をコントロールできる)
  • アサーティブである(積極的・自主的である)
  • 人を中心にしている(数値中心ではない)
自分を知る事は自分と周囲の人々を導く価値観、つまり信念を育む上で欠かせません。価値観、信念を育むとは言行を一致させることであり、責任を果たせる事に他なりません。





2012年10月5日金曜日

萬法一如/アサーティブネスの歴史で知る矛盾のない仕事術




ある先進的な企業から、社内、社外ともWinWinの関係が作れるように、全国にいる全社員を対象に研修してほしいと依頼を受けました。

たとえば、結婚記念日で奥さんと待ち合わせをしている。そこに残業の依頼が入った。こんな時に、自分の予定を率直に伝えることができ、素直に受け入れることができる上司。このような権利を誰もが持っていて実際に履行できる関係を職場に落とし込みたい。

最先端事業を営む進取の大企業から、このような問題が職場にあり、互いがうまく好ましい関係が作れない。同じことはユーザとの間にもあり、WinWinの関係が作れていない。一刻も早く改善したい。その背景には過激な競争があり、WinWinの風土作りが欠かせないという判断から生じたものでした。

アサーティブな活動ができる会社にしたいという願いは進歩的で過激な競争を生き抜いている会社ほど強いのです。

萬法一如」・・・・「ばんぽういちにょ」WinWinの基礎 アサーティブ権でご説明した禅の言葉です。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。

矛盾のない仕事。すべての根源は同じです。人間は誰もが幸福になりたいと考えています。自分を認めてほしいと思っています。すべてはつながりを持ち、因果関係があります。因果関係に矛盾があるとストレスになり疲労し意欲はなくなります。ですからモチベーションを高める対策は、矛盾をなくすことです。

自分だけが幸福になりたいと思うと矛盾は至る所に生じます。みんなが互いのことを考えて働く仕組みでは矛盾はなくなります。問題はそうすると自分の利益が減ると考える習慣があることです。とんでもない勘違いです。その発想の根源は不安と恐怖です。不安と恐怖に支配されると人は間違いを間違いと認識できなくなってしまう弱い生き物なのです。弱い生き物がジャングルを生き抜く方法として間違った考えを採ってしまい、結果的に不安を現実にしてしまうのです。

次の言葉をどう考えますか?

魂が自分の意志を持とうとするのはまったく自然のことで、したがって生後二年の間にうまくやってしまわなければ、その後からではとても目的を達することはできない。この生後すぐの時期は、力や強制を自由に使えるという点でも大変都合のよい時期なのである。子どもたちは成長するに従い自分が赤ん坊だったころにあったことをみな忘れてしまう。であるからその時期に子どもから意志を奪ってしまえばその子どもはその後自分にも意志があったことなど決して思い出さないし、その際手厳しいやり方をしても決して後に悪影響を残したりしない。

子どもの不服従はすなわち、あなたの人絡に対する宣戦布告と同じである。あなたの息子はあなたから支配権を奪おうとしているのだから、あなたは力を持って力を制し、あなたに対する尊敬を揺るがぬものにしなければならない。そうでなければ教育などとてもできはしないのだ。息子に、あなたこそ主人なのだということを思い知らせなけれならない。

犬や猫に対する教育方針ではありません。17世紀中期のヨーロッパに於ける人間の子どもの教育方針です。17世紀ですが、止まる事なく流れるタイムラインで継承されていて、似たような考え方はいまでも散見できます。民主主義になり、数は減りましたが、その断片が大人の世界ではまだ残っていて、マネジメントの不安から抑圧が生まれています。

働いて自分がうれしい、お客様もうれしい、会社もうれしい、「萬法一如」はWin-Winの世界を表した言葉なのです。それはまさしく幸福生産性を高める基本的な教えです。

アサーティブの概念はどのようにして生まれたのか、その歴史をふりかえってみます。

アメリカ 1896年。アメリカ最高裁が下した「分離すれども平等」という考え方は人種差別待遇は憲法に違反しないと判決を下しました。

「分離すれども平等」とは、白人と黒人を分離して暮らす体裁をとっても、せ別していることにあたらないという解釈です。もちろんまやかしです。この判決によって白人と黒人が同じバスに乗ったり、学校へ行ったり、レストランで食事したりすることができなかったのです。

1954年には「ブラウン裁判」が行わました。「ブラウン裁判」とはカンザス州に住む黒人ブラウンは自分の娘を近所の小学校に入れたいと願ったが、白人学校という理由で拒否されたことで、教育委員会を相手どって起こした裁判です。実際には黒人組織NAACPが白人社会に叩き付けた闘争といえるこの裁判は、最高裁に持ち込まれます。

全米が固唾を飲んで注目した判決の行方は、事実上まやかしであった「分離すれども平等」の判決を覆すという歴史的な結果となりますしかしこの判決に不満をもつ白人感情は激しい闘争にエスカレート。KKKの黒人リンチ事件が相次いで発生するようになり、陽気なアメリカ人の暗い影の部分が浮き彫りになりました。

1955 年12月、後に公民権運動の母と呼ばれたローザ・パークスという女性が、アラバマ州モントゴメリーの市バス内で席を移るよう求めた白人男性に敢然と拒否、バス運転手の通報で駆け付けた警官に逮捕され、収監されました。

「もう我慢しない」と決めたローザ・パークスの 事件をきっかけに、当時ほとんど無名だった故キング牧師を中心とした長期間の抗議行動に発展。翌58年に米連邦最高裁が差別は憲法違反とする判断を下しました。

白人社会への黒人の対抗が強くなる一方で、1954年、黒人音楽であるゴスペルやリズム&ブルースをベースにした白人によるロックンロールが誕生します。

1956年には、アメリカ全土の若者を熱狂させました。その原動力になったのがエルヴィス・プレスリーでした。白人でありながら黒人のように歌う彼のパフォーマンスは文化を変えるに十分な威力がありました。しかしまだロックンロールを受け入れる社会ではなく、エルヴィスが歌ったクリスマスレコードをオンエアしたDJが首を切られたり、レコードが焼き尽くされたり、コンサート会場の貸し出し禁止などが相次いで起りました。

しかし若い世代はプレスリーを通じて知った自由を支持し、世の中は従来の価値観から変わりはじめていたのです。

そして、1963年8月28日、黒人の公民権運動のために「私には夢がある」と訴え全米の黒人の心をひとつに束ねたマーティン・ルーサー・キング牧師率いる20万人のデモ行進がワシントンで行われます。

やがてその抗議は全米で黒人暴動という形で広がっていきました。





米ソ冷戦、ベトナム、国内外に問題を抱えたまま、3ヶ月後にフロンティアスピリットを訴えたジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件が発生。さらに2年後の65年にハーレムでマルコムX暗殺、その4年後、北アイルランドで公民権運動が起こりました。

アサーティブネスは、黒人差別に対抗したこの公民権運動にはじまり、やがて女性差別に対抗した1970年代の女性解放運動に引き継がれました。
アサーティブネスの基本概念は人は誰でも自分らしく生きる権利があるというものです。黒人も白人と同じ権利を持っていいのではないかという主張は、白人を否定するものでもなく、あなたもOK、私もOKの主張です。

同じく女性もOK、男性もOKの主張です。
それは、ひとはみな、 誰かに強要されたり、抑圧されることなく、自分の考え。 感じ方を率直に表現してもいいということです。 
自分を認めることは、同時に他者も認めることなのです。

互いを尊重することを基本とするのがアサーティブネスです。このアサーティブネスの考え方を職場や教育の現場で生かそうというのが、私たちの提案です。 

自分の将来、ライフスタイル、スケジュール、人間関係を自分自身で決定する能力を持つようにする。人づきあいを深めるようにし、必要であれば他者へ援助を求めることをためらわない。

自分の権利を守るために「いや」と言いたい時は率直に言う。

相手から話しかけられるのを待つのではなく、主体的に自分から会話を始めたり、目標を設定して、達成に努力るなど、積極的に自分を表現することで、同時に他者のそれらも受容する態度を尊重するものです。
「萬法一如」「アサーティブの歴史」にモチベーションが高まり、さらに自律した組織を創る「矛盾のない仕事術」のヒントがあります。

2012年9月22日土曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜7.自分の考えや意見、行動を変更する権利



萬法一如/9つのアサーション権
〜7.自分の考えや意見、行動を変更する権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワン/ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利

 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

一旦決めたことは変更してもいい。
人の考え、感情、意見は変わりますので、それに伴い行動も変わります。
一旦決めたことは変えてはいけないという思い込み、決めつけは目的・目標達成、人間関係をより良いものにする上で欠かせない誠実と思い込んでいる人が少なくありません。確かにそうでもありますが、「朝令暮改」という言葉があるようにそうでない場合もあります。マネジメントをする上で根拠ある「朝令暮改」は必然です。

より良い状況に変えていくとき、たとえばPDCA(計画→実行→検証→是正)のマネジメント・サイクルを循環させる場合、PDCAは迅速さが命ですから、カイゼン、カイゼンの連続になるので、変更の連続が起こります。変更が起こらないマネジメントはマネジメントでないというようなことが普通に起こります。

但し、正解を見つける目的もなしに、失敗を繰り返す、朝令暮改を繰り返すとしたら、それは問題です。「頑張ります」と心意気でぶつかろうとする方がいますが、答えも仮説もなしに、ただ目標に挑戦するというのはあまりにも拙い愚行です。物事の仕組みが根本的に判っていないので、仕事の仕方や考える技術にルールがあることを判っていないのです。PDCA(計画→実行→検証→是正)を展開するには、正しい理解が必要です。

そもそもPLAN(計画)とは、答えを知っていることが前提です。つまりPLAN(計画)とは正解のことで、答えも判らないまま取り組むというのは無謀なのです。(意気込みだけで取り組む場合がそれです)しかし人間は神様ではないの
で、判らない場合もあります。

そのときはPLANに仮説を使います。仮説はあくまで仮説ですが、仮説がないよりは仮説があったほうが停滞を防げます。ひとつの間違いの発見は正解に近づいたことを意味します。その繰り返しをPDCA(計画→実行→検証→是正)で実行しますが、失敗は失敗はであることに変わりはないので、迅速さが必要です。迅速さが大事なのは、早く正解を発見しなければならないからです。
また仮説がピント外れにならないように、仮説を引き出すツールを使います。ツールはいくつもありますが、状況に適したツールを使うようにします。
この件については、「コミュニケーション力」の問題として後ほど説明します。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

いまのような変化の早い時代、刻一刻の変化に対応するには、朝令暮改は当たり前で、朝礼朝改もあり得るのです。
一旦決めた以上は変えられないなんて言ってると仕事になりません。

過去にあるルールを決めて取り組んだことでも、状況に応じてルール変更するのは自然なことです。変更の際に注意したいのは、先に出した指示命令など連絡した内容を誰にも分かるような形で撤回することです。変更で問題になるのは以前の内容と新しい内容が混在することです。これでは指示命令された側はどうしていいのか分からなくなり、ひとによってこれでいいのだろうという案配で仕事します。これは問題です。

こうした間違いを未然に防ぐには、どの指示を撤回し、新たにこちらの指示を遵守するようにしてほしいと、誰にも分かるように文書で流布することが欠かせません。

アサーション権
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワン/ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利


 

2012年9月20日木曜日

萬法一如/9つのアサーション権 〜6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利



萬法一如/9つのアサーション権
6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利

萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利
「間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利」・・・・このアサーション権は、「人間である権利」そのものともいわれます。
すなわち、神ならぬ人間は神様ではありません。完壁でないのが普通です。
完璧な神でない人間は、失敗はしてもいいのです。さらに、その結果に対して責任を取ってもいいのです。そういうと身を引いてしまう方がいると思いますが、責任に対する判断が違うからです。

失敗の責任を取ることは、結果を自分が引き受けるということですが、可能な範囲と可能でない範囲があります。失敗に対して義務として取る必要はありませんが、自律的に可能な範囲において責任を引き受けるという意味です。これならどうでしょう?できると思いませんか?
もし責任を義務として引き受けるなら返すことができない失敗はできないことになります。これでは二度としたいと思わないでしょう。失敗の責任は、成功しかないことになります。似たようなことにならないように他の件でも避けるようになります。
【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

しかし、ちょっと待ってくれ、失敗してはならないからと言って、可能な範囲で責任を引き受けたらいいなんて、そんなユルいこと言ってると大変なことになる・・・・という意見もあるでしょう。
さて、この問題を職場やビジネスの現場で扱う時、どう考えたらいいのでしょうか?
自律的に可能な範囲において責任を引き受けることは、途中で放棄しないで、成功するまでやり続けることを意味します。
もし、失敗はできないと考えていたなら、失敗する人間はダメ人間という評価になります。自分をダメ人間とは思いたくないので、失敗を認めることができなくなります。合理的でない言い訳したり、失敗したことを隠すようになります。ごまかす、隠す、避けるということが連鎖して起こるようになってしまいます。
個人の場合もそうですが、集団の場合では特に目標は重要になります。目標はひとりひとり違う価値観を束ね具体化したものだからです。つまり目標とは全員に共通した価値観と言えますが、その目標が崩壊してしまいます。
もし失敗してはならないという前提でものごとを進めると、責任を取ることが義務になります。すると、まず集団を構成する人々の行為は自律的でなくなります。自律的でないとは、上司から言われるからやっているという状態になります。
さらに自分がダメというレッテルをはられたくない心理が働くので、成功の可能性が保証されていないことはしたくなrくなります。

義務としての責任がともなうことはしたくなくなるので、目標は形ばかりのものになり、結果主義(事実前提の経営)に陥ります。つまり出来高主義です。
建前としての見せかけの目標はあっても、事実は人が成長する仕組みを集団から骨抜きにします。共通した価値観を持たない目標のない集団とは烏合の衆だからです。この隠された事実によって組織と従事するひとは壊滅的な痛手を被ります。
組織は失敗が問題ではなく、成功しないことが問題なのです。
成功するために組織はあるのです。だから失敗してもいいから絶対に成功しろというのが健全なのです。
成功するまで失敗を繰り返せばいいのです。その防波堤として期限があります。
修正を加え、やり直してみる、うまくいかない、さらに修正を加えやり直す。この頻度をどれだけ高めるか、迅速さが期限によって問われます。
責任を引き受けたいか、引き受けたくないかは、その迅速さと密度の高さで顕著な差をみせます。その違いが自己肯定感になって表れますが、その発端は失敗と責任の解釈の違いにあるのです。
何度やってもうまくいかない場合もあります。その場合はどうなるのか?
やり直してもやり直しても出来ないことによって、それが自分にはうまくできないことが判るようになります。それはできない、しないほうがいいという見極めができるので、断る力がつきます。さんざんやり直した結果の判断ですので、気分や思いつきの回答ではありません。それも責任ある行動なのです。
自他ともに肯定できるようになるので、嫉妬から出来る人に敵対心を持ったり、誹謗中傷するようなこともありません。
結果主義で成功することしかしない人、一度の失敗でやり直すこともしなかった人は、自信がないままに、何事にも引っ込み思案になります。自信のなさを隠すために、自分を守ることにエネルギーをい使うので、健全なコミュニケーションができなくなります。体験さえしなくなるので、成長が止まるだけでなく、時代の変化や進化とも距離を置くことになるので、実際には自身が劣化してしまいます。
「人間である権利」そのものを使わないために起こる悲劇なのです。
その悲劇を回避する意味でも、間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利は積極的に使うようにしたいものです。


アサーション権について

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

萬法一如/9つのアサーション権 〜5. 自分の意見を主張しない権利



萬法一如/9つのアサーション権
5. 自分の意見を主張しない権利

萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

自分の意見を主張しない権利とは、ノン・アサーティブでいる権利です。
アサーティブの重要なポイントにひとつはニュートラルでいることがあります。
つまり白か黒か、イエスかノーかで決めつけないないということで、他者の期待に応えなくてもいい権利や論理的な説明できなくてもいい権利に共通して通じています。

それでも「自分の意見を主張しない権利」をリストに入れるのは、「アサーション、アサーティブを学ぶと、アサーティブでなければならない」と決めつけたり思い込む方がたくさんいるからです。

アサーティブでなければならないと決めつけるのは、すでにアサーティブではありません。アサーティブであることは、積極的に自分を主張しないノンアサーティブでいることも含めてなのです。
自分の意見を主張しない権利の行使には、それによる責任も引き受けます。たとえば、本心では相手にやってほしいけど、自分が相手に頼まないことによって、相手がそれをしなかった場合、相手を責めたり恨んだりしてはいけないということです。

自分の気持ちを察してくれなかった、気配りしなかったと文句を言ってはいけないのです。恋愛の場合、好きな相手に心情を告白するのも、自分が自律的に判断するのがアサーティブです。

それを会社、たとえば営業職にはめこむとどうなるのでしょう。
新規開拓をしてくるも、してこないものアサーティブということになるでしょうか?あるいは会議で意見を出すのも出さないのもアサーティブでしょうか?

まず、表現には、言語表現と非言語表現があります。言わなかった、言った覚えはない」確かに言葉では表現しなかったけれど、非言語、つまり態度・表情で表現することはあります。言葉以上に非言語表現によってコミュニケーションしています。表情、視線、身振り、声の大きさと高さ、言葉遣い、さらに身だしも非言語表現に数えられます。言葉を使わずに、何を考えているのか、いろいろな情報を発信したり受け取っています。

私たちは言葉以外からも推測しながらコミュニケーションしているのです。
それが、非言語的表現。言葉にしなかったけれど、表情で伝えることは少なくありません。それを後から「そんなこと言ってない」と反論するのはルール違反です。
さらに他の人が言ったから自分は言わなかった。これも立派な主張です。

たとえば、分からないことはありませんか?質問はありませんか?と尋ねたことに対して、はい、ありませんと回答したり、黙っている場合も意見を表明したのと同じです。それを後になって、分からないというのはルール違反でしかありません。

アサーション権、人権は、共同体に暮らす人間同士が互いに幸福で健全な暮らしを営むための技術を、万人に使うことを奨励したものです。ですから、どんな場合も相互尊重が働いているのがルールです。

自分は使うけれど、相手の権利にはおかまいなしというのは、アサーション権の無視です。自分の意見を主張しない権利を行使するときには、そのことを忘れずに、意見を主張しないけれど、それ自体が意見を主張していることでもあることに配慮するようにしましょう。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

先にあげたように、それを会社、たとえば営業職にはめこむとどうなるのでしょう。新規開拓をしてくるも、してこないものアサーティブということになるでしょうか?会社はチームワークが基本ですから、その責任を個人で引き受けるではすまない場合があります。

たとえば、野球に置き換えたら、二塁を守っているのに、二塁に飛んで来た打球をとらなかったとしたら、チームワークになりません。自分の役割は自分が果たすのがチームワークです。
自分が意見を主張しないことによって、どんな意見を主張しているのかを認識するようにしたいものです。

言葉にして主張するのも、非言語で主張するのも、どちらも使わずに主張するのも、相互尊重の精神のもとにあることが指針になります。

上司が感情的になっているときに、アサーティブに関わるとかえって火に油を注ぐことになりますし、社内・社外を問わずアサーティブに主張しても時間のロスというような場合もあります。
自分だけでなく意見を言いたくない、あるいは宴会えカラオケを要求されたけれど歌いたくないというひとに、相手にも主張しない権利があるのですから、要求しないのもアサーティブなのです。

アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利




2012年9月19日水曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜4.論理的な説明できなくてもいい権利



萬法一如/9つのアサーション権
4.論理的な説明できなくてもいい権利




禅の言葉「萬法一如」・・・・「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると、9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

では今回は、論理的な説明できなくてもいい権利について説明していきましょう。
論理的というのは、バラバラに見えることや、関係性がないように思えることに関連性や共通性を見いだして、いまだ明確に解明されていないことや、これから起こることを分析、高い確率で推察することです。
いわゆる思いつきではありませんが、「論理的」の反対のポジションに直感があります。

人間はどうしょうもなく非合理的な生き物ですが、合理的に物事を進めることで円滑な活動を展開しょうとします。時に矛盾が生じるのは当然ともいえます。理屈で説明出来ないことが出てきます。人間は勘やひらめきで行動してもいいのです。自分の行動に他者の承認が必要なわけではないので、自分の行動を言葉で説明できなくてもいいのです。時には直感がもっともすぐれた判断基準になることがあります。
その説明を自分自身に問いかけても答えが出ないことはあります。それは論理的でなくても体験の積み重ねでひらめくデータベースなのです。言葉で説明できなくても自分の内では整合性がとれていることもありますが、整合性がとれてなくてもいいのです。

注意したいのは感情の表現はしてもいいけれど、感情的な行動は自分と周囲の人を傷つけてしまうことが多い点です。感情的な行動を少なくする方法は、感情を言葉で表現することです。感情を言葉にするには、まず自分の感情を認識します。ところが実はそれが結構、難しいのです。

感情的な行動をする人は、感じたことをワンクッション、間を置いて、どういう行動をするのがいいか考えることがなく、感じたことをそのまま行動に移してしまう点で問題なのです。時間にすればわずかな間ですが、自分の不安や不満に注目してしまい、どうするのがいいか相手目線で考えることを忘れてしまうのです。

考えて行動に移す場合は時間がありますが、その場合も感情的な決定をしてそれを行動に移しているだけなので、実際には自分の感情への注目だけで、ワンクッション、間を置いて相手目線で考えることが抜け落ちます。

相手目線で考えることは自分の感情を疎かにするわけではありません。人は他の人との間で暮らしていますので、愛し愛され、信頼し信頼され、双方向のWIN-WINな良い関係を求めているのが自然体です。相手目線で考えることは自分の感情を正直に表現するためなのです。
しかし、人は価値観が違いますし、立場や境遇の違いがあるので、望んでもできないことがあるのが普通なのです。これは仕事しているときも同じで、思うようにならないことが山ほどあります。そのなかで精一杯生きて、表現し、限界とそこにいる人の距離を思いやるのが自分を大切にすることに他なりません。

マートワンが提唱するビジネス・アサーションの中心になっているスイッチチェンジとは、物の見方を変えて最善、最適な行動をすることです。

感情的な行動も論理的な説明ができないことが多いのですが、これは論理的に説明できないと言うより、的確にとらえることが苦手だからです。感情を認識する訓練を日頃からしていると説明できるようになります。この場合は、自分が最適な行動をとれるようにするために、自分に説明できるようになったほうがいいのです。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】
ここでいう論理的な説明について、事例をあげます。
かって私が会社勤めをしていたとき、自分の部下(店舗責任者)の様子に疑問と不安を感じた私は、非公式に食事の時間を用意し会談しました。会談と言っても、昔話などを交えて「最近どうよ?」というとりとめのない内容で緊張するな内容は一切ありませんでした。
しかし私は金銭トラブルとその原因となるような問題が潜んでいることを直感で感じました。
そこでその翌日、店舗に赴くアポをしました。理由は言わなかったのですが、その時刻に行くと留守でスタッフに所在を確かめると返答は「昼食に行ったままです」と何気ない返答です。その瞬間、彼は逃げたと思い、即、新幹線の駅と空港の駐車場を手分けして探す指示を出し、同時に家族に連絡をしました。

家族の方を含め、全員がなぜ?探しているのか疑問を持っていましたが、私が懸念したのは自殺と逃亡でした。結局、新幹線駅で発見でき、家族は理由も分からないまま途方に暮れるばかりでしたが、私は調査を続けて、そのプロセスを全部解明しました。数ヶ月後、連絡がとれ、家族と共に会いましたが、自分の判断に違いはありませんでした。

私は、このような事例を、数えきれないくらいほどたくさん体験してきました。自分でも霊感能力があるかのように思うことがあります。しかしそうではなく、自分は科学的、合理的だと思っています。

会社はたくさんの人間がいるのでドラマの置き場のような場所です。三面記事になるようなことは他人事ではなく、身近に起こるは確率の問題として当たり前ですが、そのひとつひとつに論理的な説明をしていては対処できません。
直感から追求して論理的な説明がつくというプロセスは珍しいことではなく、トラブルを未然に防ぐためには直感やひらめきは大切にしたいものです。

ある人間のひとこと、ひとつの冗談、ひとつの挨拶が、ただそれだけの意味でない瞬間があります。それは抱えた重みに耐えきれず助けを求める瞬間であることが少なくないからです。
直感やひらめきがどこから生じるかというと「人間」という生き物の原理原則だと思います。原理原則とは膨大なデータベースから導きだされた確率です。そのデータベースと、自分の目の前の現象を突き合わせると、確率から答えを発見できます。
注意力を研ぎすましていると、ほとんど狂いがない答えが出ます。仮に外れても危機管理の点で有効なのです。

大事なことは、単なる勘だからということで切り捨てず、自分の内に生じた直感を自分が信じられるかどうかです。
直感やひらめきは知と身体に続く第三の力として、マーケティング、マネジメント、危機管理に活用出来ます。
 アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利


2012年9月17日月曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜3.不完全であってもいい権利




萬法一如/9つのアサーション権
〜3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。

知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではありません。
人は成長するために、自分の不足を知り充足することが必要不可欠です。
恥ずかしいと思うと、不完全を知られるのが怖くなって、隠すようになってしまいます。

恥ずかしいと思うことから負の連鎖が始まり、個人はもちろん組織からアサーションな態度がなくなってしまうことが重大な問題になります。

人は無意識に思い込みや、決めつけをしていて、それを、いつの間にか、常識として身につjけています。
・完璧でなくてはならない。
・賢くなければならない。
・誰からも好かれて受け入れられなければならない人の役に立たなければならない。
・人を傷つけてはいけない。
・悲しんでいるときは同情するべきだ。
・失敗してはならないなどをはじめ思い込みはいろいろあります。
・人を傷つけてはならない。
・危険や害のあるものに、人は深刻に心配するものだ。
・物事が思い通りに進まないのは致命的なことだ。
・できなかったり、できないと言葉にするのは、能力がない証だ。
・親、目上の人、上司などの命令や依頼は断ってはいけない。
・上司は~であるべきだ、部下は~であるべきだ、
・男(女)は~であるべきだ・・・

等等思い込みや、決めつけをピックアップしたらキリがありません。
思い込みは自分だけの錯覚・妄想であって思考ではありません。「~であるべきだ。」は自分だけの感情なのです。
思い込みには、さらに思い込みや決めつけの背景には、自己否定感が深く関わっていることが少なくありません。

・私の能力不足を発見されたら困る
・頭が良くないと思われるかも?
・自分勝手な奴と思われるかも?
・自分の話すことはどうせつまらない
・この程度は誰でも考えているだろう
・わざわさ言うほどのことでもないだろう

思い込みでコミュニケーションするとは、妄想でコミュニケーションに等しいと言えます。
なにより思い込みは自分で自分を縛る「禁止令」です。禁止令が働いていると、ステレオタイプの考えに終始します。難関にぶつかるほど、物ごとの見方を自由に変えるスイッチチェンジが必要になります。
しかし思い込みが強いと、不安になるほど画一的な考え方に囚われ対応ができなくなります。

しかしスイッチチェンジができずに柔軟性もないと相手目線で考えることができなくなります。
事実を無視したり、相手に配慮を欠いたコミュニケーションは相手にとって迷惑で失礼なことと言えます。
知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいと考えていると完全主義になりますので、柔軟なコニュケーションができなくなります。一方、自分が知っている範囲の世界に、未熟な人を迎えた場合は、未熟を恥ずかしいこととしてアグレッシブ(攻撃的)になります。視野の広い人から見たら奇異に感じますが当人は小山の大将気分です。

攻撃的に指導されたり、価値の値引きをしながら指導されても、自己満足に終始してやる気は起こらないので成果はあがりません。成果のあがらない理由に指導される側の無知をあげられたりして、どこまでのアグレッシブな態度が続きます。
こうして隠すことでノン・アサーティブ(非主張的)になる一方で、アグレッシブ(攻撃的)という2面性が露出することになりますが、そのどちらにも、率直、誠実、対等、自己責任というアサーション4つの柱がないので、自分自身のライフスキルが育まれることはなく、成長が困難になります。

年齢に比例して奇異な頑固さが強化されるので、リーダーシップが身につかなくなります。
これを防ぐには、若いうちから、「知らないことは聴く」「分からないことは分かるまで聴く」「できないことはできるまでトレーニングする」ようにします。
この態度こそが、知っている、分かっている、できる以上の長所になります。この点をしっかり肝に銘じて実行したいものです。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

不完全であってもいいと開き直られたら困るという心配もありますが、そんなことはありません。
たとえばチームワークは、自分の役割を果たせることが基本で、果たせない場合は果たせるようにスキルを身につけるのが原則です。そのためになにができないのかの発見と充足がリーダーの仕事です。それを果たすために、周囲は出来ないことを手伝わないのが原則です。

このルールに則ってやれば、開き直ってもいいという心配はなくなります。
目標達成のためには、開き直っている時間がなく、不足の充足に躍起になっているのが普通です。

そして、この権利にも他の権利と同じことが言えます。
自分が不完全でいけないと思い込んだ人が管理者になった場合、この思い込みが解決されていないと、やはり部下の不完全を許さなくなります。

人は不完全を克服するために苦しむのは当たり前のことと考えてしまうのです。
自分の不完全を解決する努力は尊いですが、それが義務になっては働く喜びを失うので、働きがいのある職場にすることいは困難になります。どのようにして自律性を引き出すかに焦点をあてるには、まず知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではないことを明文化するのが先です。


アサーション権について

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利





萬法一如/9つのアサーション権〜2.他者と違う自分の価値観を大切にする権利



萬法一如/9つのアサーション権
〜他者と違う自分の価値観を大切にする権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。


前回は9つのアサーション権から、「自分の行動を自分で選択して実行する権利」についてお話しました。今回は「他者と違う自分の価値観を大切にする権利」についてお話します。



    1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
    3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
    4.論理的な説明できなくてもいい権利

人はそれぞれに価値観が違います。そしてそれを認めてほしいと願うものです。
それは言い方を変えると人と人に間にある境界の向こう側にいる自分を認めてほしいと言えます。
人と人に間に境界があるから人間関係は特別な輝きを持ちます。境界のこちらと向こう側で頼みもしないのに自分の応援をしてくれたり心配をしてくれる。
人として無上の喜びの瞬間は、私とあなたは違うという境界があるからです。

境界がなければ、私とあなたの区別がなくなります。
たとえば恋愛はその究極と言えます。権力者がいかなる方法を持ってしても境界の向こうにある真摯な恋心は自由になりません。境界は自由の砦とも言えるのです。それだけに良識と良心を磨きたいものです。

しかし、違う価値観の出会いは激突することも少なくありません。残業を求める上司、急いで帰宅したい部下・・・ 職場ではよくある光景ですが、似たシチュエーションであっても、当事者の組み合わせで状況は一変するものです。「価値観の違いです」で、終わるのではなく、 こんな時こそ 、互いの価値観を伝えながら接点を求める作業が大切なのです。伝えたいこと、伝えたい思い、それが互いに違うときに、コミュニケーションの出番です。

私たちは誰も他者の心を理解する能力など持ち合わせていません。本人でさせ判らない魑魅魍魎の世界を話せば判ると考えるのは幻想です。ひとつひとつの単語の解釈もイメージも違う者同士が判り合うなんて至難の技なのです。
でも、だからこそ互いの違いを知り合うようにして、共感、共有できるものを探し合う作業を通じて、理解しあえないのを前提に、それでも尚、理解を求め合い価値観を再編成していくプロセスがコミュニケーションであり、そのプロセスに共鳴するのではないでしようか。もう一度言います。プロセスに共鳴するのではないでしようか。
すばらしい出会いとはそういうことで、結果ではなくプロセスなのです。誰にも他者と違う自分の価値観を大切にする権利、言い換えると他者と違う自分の価値観を大切にする義務があるのです。
相手を理解しようとする熱心な姿勢を知ることから共感が生まれるのです。真摯な態度を知る経験を重ねるほど、価値観の違いを感じることは大きな楽しみになり新たな創造に発展します。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

「説明しても分からない部下がいる。話をしても通じない。」よく聴くお話です。
こういう場合、まず相手の価値観を認めているかがポイントです。
どちらが先に認めるか・・・ということを気にする方がいるかも知れませんが、対等がルールですから、判っている側から積極的に認めてあげればいいのではないでしょうか。思い込み、決めつけが先にあるとしたら、正論を伝えていても、他者と違う自分の価値観を大切にする権利を認めていないとコミュニケーションは台無しです。むしろ正論であればあるほど相手を傷つけてしまいます。
まず相手の価値観を傾聴し、どこがどう違うのか、その理由はどこにあるのか、ひとつずつ障害を外していく作業が必要です。面倒くさいかも知れませんが、それをしておくと後々が楽なのでかえって時間の節約になります。
販売、営業は、価値観の違いを調整していく仕事といえます。全く違う価値観を持った人に、違う価値観をぶつけていくのですから、価値観が違うでは仕事になりません。
相手のメリットを伝えることなしにコミュニケーションは成り立ちません。ただメリットを伝えるのではなく、心を動かさないとメリットになりません。心が動いたことがメリットなのです。

社内・社外を問わず、心が動かない正論は正論でないと考えて、なにをどう伝えたら心が動くかを念頭にコミュニケーションを進めたいものです。

心を動かすツール、つまりコミュニケーション・スキルでいうツールとは、思考の6段階モデル(ブルーム博士)、PDCA、PPM分析、マーケティング4P、5W1H・・・・をはじめとする世界中で使われ精査されてきた思考ツールです。これらツールについては後ほど説明させていただきますが、 思考ツールを使うスタートが他者と違う自分の価値観を大切にする権利を遵守する心意気ではないでしょうか。



■ ブルーム博士の思考の六段階モデル

知識 … 暗記力(事実、言葉、やり方、分類を知っている)
理解 … 内容を解釈したり、言い換えたり、説明したり、推し量ったりする能力
応用 … 知識を一つの状況から別の状況に移すことができる能力
分析 … 全体の中の部分を見つけたり、区別したりできる能力
統合 … 部分を組み合わせて、統一された全体をつくりだせる能力
評価 … 基準を使って情報の価値や使いみちを判断できる能力
出所:ベンジャミン・ブルーム「教育のねらい分類」

次回は、9つのアサーション権から、「(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利」についてお話します。


 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利



2012年9月15日土曜日

萬法一如/Win-Winを実現する基礎



禅の言葉に「萬法一如」があります。「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。


矛盾のない仕事。そんなものはあるのでしょうか?あります。なぜならすべての根源は同じです。人間は誰もが幸福になりたいと考えています。自分を認めてほしいと思っています。すべてはつながりを持ち、因果関係があります。因果関係に矛盾があるとストレスになり疲労し意欲はなくなります。ですからモチベーションを高める対策は、矛盾をなくすことです。
自分だけが幸福になりたいと思うと矛盾は至る所に生じます。みんなが互いのことを考えて働く仕組みでは矛盾はなくなります。
問題はそうすると自分の利益が減ると考える習慣があることです。とんでもない勘違いです。その発想の根源は不安と恐怖です。不安と恐怖に支配されると人は間違いを間違いと認識できなくなってしまう弱い生き物なのです。弱い生き物がジャングルを生き抜く方法として間違った考えを採ってしまい、結果不安を現実にしてしまうのです。
働いて自分がうれしい、お客様もうれしい、会社もうれしい、「萬法一如」はWin-Winの世界を表した言葉なのです。それはまさしく幸福生産性を高める基本的な教えです。
どうすれば幸福生産性を高めることができるか、基礎から説明していきましょう。では前回お話したアサーション権(基本的な人権)から進めていきましょう。

9つのアサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利 
この9つのアサーション権は、働く喜びが体感できるように、ビジネス以前の問題である「人を大事にする」「大事にされる権利がある」という大前提に立ち戻り、アサーションを核にしてマネジメントを構築するための核となるものです。どれも当たり前のことですが、ビジネスの現場では、目先の問題に振り回されて後回しになることも少なくありません。そのことが組織にとってもデメリットになっていることが少なくないのです。
人間が尊重されることは、人間の気持ちや、考え、意見、価値観も尊重されるということです。このアサーション権を納得し、確信できれば、アサーションはビジネスのかたちとして日常に反映され、結果として目的・目標達成に寄与します。
たとえばホスピタリティ、WIN-WINという概念もそのひとつです。これらは軽々しく流行語やテクニックにしてはいけないもので、仕事の在り方そのものです。
軽々しく扱うほど、自分のアイデンティティが崩れるだけです。
「ホスピタリティ!」「ホスピタリティ!」といくら口うるさく叫んでもアサーション権が無視されている職場に定着することはありません。
私たちは、誰でも自分の欲求をもって良いし、自分の欲求は、他の人の欲求と同じくらい大切にしてもらいたいと思っても良いのです。自分の希望を述べて、依頼をしてもよく、自分の意見を持ち、表現することも、許されている権利なのです。

スイッチチェンジ(物の見方を変える)できる選択と行動の権利は自分にあり、自分と周囲の人を幸福にできる権利の行使を自律的に行い、意欲的な恊働が喜びの内に行えるように重視しています。

萬法一如」の基礎となる9つのアサーション権について説明していきましょう。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利