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2012年10月7日日曜日

只管打坐/継続できる仕組みを創る



「継続は力なり」と言いますが、裏を返せばそれだけ継続は難しい。なぜ難しいかというと物理的に継続できないからです。だから継続はできないことを前提にした仕組みが必要なのです。さらにいうなら「そもそも継続するべき状態があるのか」というのも重要な問題です。

マートワンの「ビズアサーティブ」は、自分と他者を同じように大事にしながら、WIN-WINな関係を構築する自律型結果志向恊働主義をご提案しています。

アサーションに似た言葉には【アサーション Assertion】【アサーティブ  Assertive】【アサーティブネス Assertiveness】があり、微妙に意味が違います。

【アサーション Assertion】
遠い関係のものが近づくようにする活動
【アサーティブ  Assertive】自他ともに大事にする表現をする
【アサーティブネス Assertiveness】自他ともに大事にされた実感のあるWIN-WINな関係性

アサーションがいまほど問われる時代はありません。厳しい経済状況、精神性の崩壊、価値観の混迷などに切り札として機能するのは、アサーション、アサーティブ、それを職場に活かすことで得られるメリットをご紹介しています。マートワンの「ビズアサーティブ」はこの問題に向かい合い、矛盾のない世界をご提案します 

ビズアサーティブを語る前にちょっとした準備体操を。

ジョン ・レノンの「イマジン」ではありませんが。こんな世界を想像してみてください。
・3分の2の患者を無料で診察し、従来より50分の1も安価な装具を使う病院ネットワークがある世界

・都市部に快適で便利な公共交通網が普及し、年間数時間しか自動車を運転する必要がなく、しかもその自動車の燃料費は従来の半分で、使った分だけ払えばいい世界

・企業が数10万ヘクタールの森を開拓して超大国へ木材を供給しながら、森に暮らす動植物が守られている世界一職場や自宅の建物が、消費する量を超えるエネルギーを生み出し、クリスマスでも暖房不要、7月の猛暑でも冷房不要の世界

・毎日のように消費する商晶の梱包材が、土中や河川に堆積することなく分解されて肥料となり、自分にも子供たちの世代にも有害物質を出さない世界
・融資した顧客の4分の3を極貧生活から脱出させ、しかも採算が取れている銀行のある世界

・有機農法によって、集中農法と同等、もしくはそれ以上の生産性を達成し、農家に高収入をもたらすことができる世界

・化学工場が、有害物質の販売量ではなく、環境にも健康にも負担の少ないサービスを競い合う世界

・才能あるスタイリストが、画一的なモードを拒否し、自分の会社をつくって、Tシャツの市場リード、スタッフには最低賃金の2倍の給与を払っている。
ユートピアだって?
そんな世界が実際にあるんだ。僕らはそこを取材したのだから。
そんな起業家が本当にいるんだ。僕らは実際に会ったのだから。


「未来を変える80人 僕ら出会った社会起業家」 は、4大陸世界38ケ国での取材をまとめた本です。日本からは2000年スイスのシュワブ財団より認定された「古野農場」がピックアップされています。

金のためなら恥も外聞もない企業がある一方で、社会起業家が増えています。
世の中に貢献すること最優先にビジネスをしたひとたちです。
では、普通の起業家は、世の中に貢献していないのか、というとそんなことはありません。ただ優先順位がちょっと違うということでしょうか?日本でいうボランティア活動がビジネスになった印象。
なぜ、ここでこんなことを取り上げるかというと、問題にしたいのは「自主的」「自律的」というキーワードです。一般的になぜ働くのかというと「生きるために働いている」って感じがあるでしょう。

社会起業家の場合、これがひっくり返って、「働くために生きている」って印象があります。「何のために死ぬか、ムダに生きるか、自分で考えろ」は映画「ランボー最後の戦場」のセリフですが、社会起業家からはそんなセリフが聞こえてきそうです。どうして、そんな考え方ができるのでしょうか?

そこには人の役に立ちたいという切実があります。そこには、禅で言う「只管打坐」のこころがあります。

只管打坐」・・・・「
しかんたざ」と読みます。ひたすら坐禅することを言いますが、その真意は「ひたすら、いまこの瞬間に打ち込んでいることが幸福」にあります。「只管打坐」こそ、実はいま多くの若者が求めていることなのです。
道元禅師の提唱された教えで、 只管打坐の重要な点は、 ただひたすらになるまで、ただひたすらに坐禅をすること。つまり余計なものを全部そぎ落として行く点にあります。
たいていは、ただひたすらになるまで、ただひたすらになれずに適当にしてしまう。この曖昧さが苦しみから抜けきれない、依存的な性質を強めてしまいます。
依存的な性質を消費社会は大歓迎しますので、自分らしさを求めながらも、当人は、トリッキーな消費社会に取り込まれていて気がついていない場合もあります。

雑貨を買うために行列が出来る国です。しかし、中にはそういうものとは一線を画し、自己実現を図ろうとする人たちもいます。気がついている、いないにかかわらず、「只管打坐」は見過ごすことのできない言葉です。ただひたすらになるまで、ただひたすらに行動するには、結果ではなくプロセスへの注目をしないとできません。このプロセスへの関心が苦手なマネジャーが多いのです。
さて、これから言うことをひとことでいうなら、 スタバで働いているアルバイトの女のコって、ひとりひとりが社会起業家のひとりみたい。それが言い過ぎなら、ひとりひとりが店長みたい。そういう話です。

「スターバックスって、アルバイターやフリーターがお客さんによろこんでもらうのがうれしくて、”只管打坐”の思想でボランティア活動している喫茶店、そんなイメージです。」どうしてそんなことになるのかというと、「任されている気概」が個々にあるからです。
バックボーンに、「 人の能力を値引きしない 」という思いがあります。できないと考えるより、できると考える。できると考えるから、とてもたくさん勉強する。
休みの日でも出て来て勉強している。それを仲間が支える。お互いが励ましあっている。助けを求めたら、いつでも仲間が助けてくれる。

だから教わるよりも、助けてあげられる人に早くなりたいと、自律と自立を自分に求めて自分を叱咤する。無意識に自己啓発が起こる。そういう毎日を通して自分が変わって行くのが分る。
「給料は安いんです」個々にみんなそう言う。だけど「楽しいから、辞めたくない」という。その結果として離職率が圧倒的に低い。離職率が低い理由はシンプルです。考えるだけではなく、行動に置き換えるので、
楽しいいまが継続中だからです。 そういう人がスタバだけで、1万人以上もいる。できないと考える自分より、できると考えられる自分が好きだから、仕事が楽しい。楽しそうだから、そういう活気のある職場にしませんかという話なのです。
大変遅くなりましたが、ここからが重要な継続できる仕組みを創るです。
一般に「継続は力なり」と言いますが、裏を返せばそれだけ継続は難しい。なぜ難しいかというと物理的に継続できないからです。食事もすれば風呂にも入るし、睡眠もとる。逆に継続するとそれができなくなり、倒れてしまう。つまり継続とは、他のことに携わった間の状態からいかに迅速にテンションの高い元の状態に戻すのかという問題です。
それには戻すべき元となるテンション、モチベーションの高い状態を一旦作っておかないと戻しようがありません。継続できない最大の原因は「戻るべき元がない」のです。仮にも元になる状態があっても、意識していないのでたまたまの偶然でしかなく元がないのです。そうでない状態で休憩したり、仕事したりというのがダラダラの状態なのです。
そこでテンション、モチベーションの高い状態を一旦作りあげることが大事なのですが、継続できない人やチームには、実は仕組みの認識が元々ないので作る意識がない。人間はどんなに頭が良くても考えないことはできません。「スタバの離職率が低い理由」は成功法則の宝庫なのです。
物事には、それ自体に意味がありません。どう判断するかで、自分が意味づけをしているだけなのです。ひとつひとつの作業をどのように意味づけするかは、自分の判断です。同じものを見て、個々の判断が全然違うわけですから、判断の仕方を教える立場の人の判断はすごく影響があります。(続く)


2012年9月26日水曜日

無心/WIN-WINな関係を実現する



アサーション権の理解が役に立つ最大の理由は自分も相手も傷つけないコミュニケーションをするためです。よりポジティブな表現をすると、WIN-WINな関係を実現することです。
WIN-WINと言葉するのは簡単ですが、中国や韓国との領土問題を例にとっても、なかなか難しく、それぞれの主張を相手に押し付けているばかりでは、うまくいきません。

お客様との関係でも敵対的になることがあるのが現実です。どうしても自分の欲求や所属する集団の欲求に注目してしまうためで、うまくいくはずの商談でもまとまらなくなります。
WIN-WINはテクニックでなく、在り方ですので、本当にWIN-WINをめざす気持ちがないと意識もできないものです。ともすれば私たちは日頃から気にかけている家族との関係ですら、WIN-WINから離脱する傾向にあるので、注意が必要です。
禅に「無心」という言葉があります。自分の内にある一切のはかりごとを捨て、ひたすら祈る。そうすると自然に傾聴できて、周囲の人の心に自分の心が入っていけるようになります。障害物がなくなるからです。無心になれないとどうなるか、事例で考えてみましょう。
たとえば・・・・・
出かけていった子供が帰ってこない。親は心配する。いろいろ想像する。心配した挙げ句、知り合いに電話して確認する。緊張と疲労がピークになろうとした矢先に帰宅する。顔を見ると安心して抑えつけていた不安が怒りに変わります。

子供を罵倒する。いま何時だと思っているのだ。連絡くらいしろ、なにをしていたんだ。バカヤロー、帰ってくるな!心にない言葉が出てしまいます。叱られることを理不尽と思った子供は反撃する。誰がこんな家に帰ってくるものか。
相手の感情に注目せずに、つい自分の感情に注目して 互いに気持ちとは裏腹な言葉が飛び出し、とるべき行動を忘れる。本当は安心して抱きしめたい気持が反対の言動になっている。

コミュニケーションのまずさから不要な不安を引き起こしたその結末が、コミュニケーションの断絶によって、感情の表現と適切な行動が打ち切られる。残されたのは「感情的な行動」という混沌とした行動です。
たとえば・・・・・
幼いこどもと母親。お父さんを迎えに行った場所に、お父さんはいない。待ったけれど来ない。こどもは不安と寂しさから泣き出す。
「うるさいわね。すぐに来るから泣かないの」と言えば、子供はさらに泣きます。自分の気持ちを判ってもらえない悔しさから、今度は母親に向かって泣いている。

この瞬間、母親の取る態度によって、こどもは救われます。その事例。
別の母親は「悲しいのね。大丈夫よ。もうすぐ来るからね。”お父さんがいないから、悲しかったよ”って言ってやろうね。」子供は頷きながら泣き止みます。自分の感情を判ってもらえて安心したからです。
前者の母親は、自分の感情に注目しましたが、後者の母親はこどもの感情に注目しました。その結果、相手の行動も、自分の行動も正反対です。
自分の行動を変えれば結果はまったく違ったものになる。ビジネス・アサーティブがもっとも伝えたいことは、この違いです。

もっと相手の感情に注目してあげるとWin-Winは容易になります。
アサーションとは、ひとことで言うなら、人を大事にすることです。関連した言葉にアサーティブ、アサーティブネスがあり、微妙に意味が違います。それぞれ次のようになります。

【アサーション Assertion】 

   遠い関係のものが近づくようにする活動

【アサーティブ  Assertive】

   自他ともに大事にする表現をする

【アサーティブネス Assertiveness】

   自他ともに大事にされた実感の持てるWIN-WINな関係性
ビジネス・アサーティブの始まりは、コンセプトから。どのようなビジネスでも、共通しているのが人間に対するサービス業だということ。人間に対するサービス業でない仕事はないと言えます。すべての人に夢と感動を与えるものでなければ成功は難しいでしょう。なぜなら成功とは、すべての人に夢と感動を与えた結果でしかないからです。

2012年9月22日土曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜7.自分の考えや意見、行動を変更する権利



萬法一如/9つのアサーション権
〜7.自分の考えや意見、行動を変更する権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワン/ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利

 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

一旦決めたことは変更してもいい。
人の考え、感情、意見は変わりますので、それに伴い行動も変わります。
一旦決めたことは変えてはいけないという思い込み、決めつけは目的・目標達成、人間関係をより良いものにする上で欠かせない誠実と思い込んでいる人が少なくありません。確かにそうでもありますが、「朝令暮改」という言葉があるようにそうでない場合もあります。マネジメントをする上で根拠ある「朝令暮改」は必然です。

より良い状況に変えていくとき、たとえばPDCA(計画→実行→検証→是正)のマネジメント・サイクルを循環させる場合、PDCAは迅速さが命ですから、カイゼン、カイゼンの連続になるので、変更の連続が起こります。変更が起こらないマネジメントはマネジメントでないというようなことが普通に起こります。

但し、正解を見つける目的もなしに、失敗を繰り返す、朝令暮改を繰り返すとしたら、それは問題です。「頑張ります」と心意気でぶつかろうとする方がいますが、答えも仮説もなしに、ただ目標に挑戦するというのはあまりにも拙い愚行です。物事の仕組みが根本的に判っていないので、仕事の仕方や考える技術にルールがあることを判っていないのです。PDCA(計画→実行→検証→是正)を展開するには、正しい理解が必要です。

そもそもPLAN(計画)とは、答えを知っていることが前提です。つまりPLAN(計画)とは正解のことで、答えも判らないまま取り組むというのは無謀なのです。(意気込みだけで取り組む場合がそれです)しかし人間は神様ではないの
で、判らない場合もあります。

そのときはPLANに仮説を使います。仮説はあくまで仮説ですが、仮説がないよりは仮説があったほうが停滞を防げます。ひとつの間違いの発見は正解に近づいたことを意味します。その繰り返しをPDCA(計画→実行→検証→是正)で実行しますが、失敗は失敗はであることに変わりはないので、迅速さが必要です。迅速さが大事なのは、早く正解を発見しなければならないからです。
また仮説がピント外れにならないように、仮説を引き出すツールを使います。ツールはいくつもありますが、状況に適したツールを使うようにします。
この件については、「コミュニケーション力」の問題として後ほど説明します。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

いまのような変化の早い時代、刻一刻の変化に対応するには、朝令暮改は当たり前で、朝礼朝改もあり得るのです。
一旦決めた以上は変えられないなんて言ってると仕事になりません。

過去にあるルールを決めて取り組んだことでも、状況に応じてルール変更するのは自然なことです。変更の際に注意したいのは、先に出した指示命令など連絡した内容を誰にも分かるような形で撤回することです。変更で問題になるのは以前の内容と新しい内容が混在することです。これでは指示命令された側はどうしていいのか分からなくなり、ひとによってこれでいいのだろうという案配で仕事します。これは問題です。

こうした間違いを未然に防ぐには、どの指示を撤回し、新たにこちらの指示を遵守するようにしてほしいと、誰にも分かるように文書で流布することが欠かせません。

アサーション権
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワン/ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利


 

2012年9月20日木曜日

萬法一如/9つのアサーション権 〜6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利



萬法一如/9つのアサーション権
6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利

萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利
「間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利」・・・・このアサーション権は、「人間である権利」そのものともいわれます。
すなわち、神ならぬ人間は神様ではありません。完壁でないのが普通です。
完璧な神でない人間は、失敗はしてもいいのです。さらに、その結果に対して責任を取ってもいいのです。そういうと身を引いてしまう方がいると思いますが、責任に対する判断が違うからです。

失敗の責任を取ることは、結果を自分が引き受けるということですが、可能な範囲と可能でない範囲があります。失敗に対して義務として取る必要はありませんが、自律的に可能な範囲において責任を引き受けるという意味です。これならどうでしょう?できると思いませんか?
もし責任を義務として引き受けるなら返すことができない失敗はできないことになります。これでは二度としたいと思わないでしょう。失敗の責任は、成功しかないことになります。似たようなことにならないように他の件でも避けるようになります。
【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

しかし、ちょっと待ってくれ、失敗してはならないからと言って、可能な範囲で責任を引き受けたらいいなんて、そんなユルいこと言ってると大変なことになる・・・・という意見もあるでしょう。
さて、この問題を職場やビジネスの現場で扱う時、どう考えたらいいのでしょうか?
自律的に可能な範囲において責任を引き受けることは、途中で放棄しないで、成功するまでやり続けることを意味します。
もし、失敗はできないと考えていたなら、失敗する人間はダメ人間という評価になります。自分をダメ人間とは思いたくないので、失敗を認めることができなくなります。合理的でない言い訳したり、失敗したことを隠すようになります。ごまかす、隠す、避けるということが連鎖して起こるようになってしまいます。
個人の場合もそうですが、集団の場合では特に目標は重要になります。目標はひとりひとり違う価値観を束ね具体化したものだからです。つまり目標とは全員に共通した価値観と言えますが、その目標が崩壊してしまいます。
もし失敗してはならないという前提でものごとを進めると、責任を取ることが義務になります。すると、まず集団を構成する人々の行為は自律的でなくなります。自律的でないとは、上司から言われるからやっているという状態になります。
さらに自分がダメというレッテルをはられたくない心理が働くので、成功の可能性が保証されていないことはしたくなrくなります。

義務としての責任がともなうことはしたくなくなるので、目標は形ばかりのものになり、結果主義(事実前提の経営)に陥ります。つまり出来高主義です。
建前としての見せかけの目標はあっても、事実は人が成長する仕組みを集団から骨抜きにします。共通した価値観を持たない目標のない集団とは烏合の衆だからです。この隠された事実によって組織と従事するひとは壊滅的な痛手を被ります。
組織は失敗が問題ではなく、成功しないことが問題なのです。
成功するために組織はあるのです。だから失敗してもいいから絶対に成功しろというのが健全なのです。
成功するまで失敗を繰り返せばいいのです。その防波堤として期限があります。
修正を加え、やり直してみる、うまくいかない、さらに修正を加えやり直す。この頻度をどれだけ高めるか、迅速さが期限によって問われます。
責任を引き受けたいか、引き受けたくないかは、その迅速さと密度の高さで顕著な差をみせます。その違いが自己肯定感になって表れますが、その発端は失敗と責任の解釈の違いにあるのです。
何度やってもうまくいかない場合もあります。その場合はどうなるのか?
やり直してもやり直しても出来ないことによって、それが自分にはうまくできないことが判るようになります。それはできない、しないほうがいいという見極めができるので、断る力がつきます。さんざんやり直した結果の判断ですので、気分や思いつきの回答ではありません。それも責任ある行動なのです。
自他ともに肯定できるようになるので、嫉妬から出来る人に敵対心を持ったり、誹謗中傷するようなこともありません。
結果主義で成功することしかしない人、一度の失敗でやり直すこともしなかった人は、自信がないままに、何事にも引っ込み思案になります。自信のなさを隠すために、自分を守ることにエネルギーをい使うので、健全なコミュニケーションができなくなります。体験さえしなくなるので、成長が止まるだけでなく、時代の変化や進化とも距離を置くことになるので、実際には自身が劣化してしまいます。
「人間である権利」そのものを使わないために起こる悲劇なのです。
その悲劇を回避する意味でも、間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利は積極的に使うようにしたいものです。


アサーション権について

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

萬法一如/9つのアサーション権 〜5. 自分の意見を主張しない権利



萬法一如/9つのアサーション権
5. 自分の意見を主張しない権利

萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

自分の意見を主張しない権利とは、ノン・アサーティブでいる権利です。
アサーティブの重要なポイントにひとつはニュートラルでいることがあります。
つまり白か黒か、イエスかノーかで決めつけないないということで、他者の期待に応えなくてもいい権利や論理的な説明できなくてもいい権利に共通して通じています。

それでも「自分の意見を主張しない権利」をリストに入れるのは、「アサーション、アサーティブを学ぶと、アサーティブでなければならない」と決めつけたり思い込む方がたくさんいるからです。

アサーティブでなければならないと決めつけるのは、すでにアサーティブではありません。アサーティブであることは、積極的に自分を主張しないノンアサーティブでいることも含めてなのです。
自分の意見を主張しない権利の行使には、それによる責任も引き受けます。たとえば、本心では相手にやってほしいけど、自分が相手に頼まないことによって、相手がそれをしなかった場合、相手を責めたり恨んだりしてはいけないということです。

自分の気持ちを察してくれなかった、気配りしなかったと文句を言ってはいけないのです。恋愛の場合、好きな相手に心情を告白するのも、自分が自律的に判断するのがアサーティブです。

それを会社、たとえば営業職にはめこむとどうなるのでしょう。
新規開拓をしてくるも、してこないものアサーティブということになるでしょうか?あるいは会議で意見を出すのも出さないのもアサーティブでしょうか?

まず、表現には、言語表現と非言語表現があります。言わなかった、言った覚えはない」確かに言葉では表現しなかったけれど、非言語、つまり態度・表情で表現することはあります。言葉以上に非言語表現によってコミュニケーションしています。表情、視線、身振り、声の大きさと高さ、言葉遣い、さらに身だしも非言語表現に数えられます。言葉を使わずに、何を考えているのか、いろいろな情報を発信したり受け取っています。

私たちは言葉以外からも推測しながらコミュニケーションしているのです。
それが、非言語的表現。言葉にしなかったけれど、表情で伝えることは少なくありません。それを後から「そんなこと言ってない」と反論するのはルール違反です。
さらに他の人が言ったから自分は言わなかった。これも立派な主張です。

たとえば、分からないことはありませんか?質問はありませんか?と尋ねたことに対して、はい、ありませんと回答したり、黙っている場合も意見を表明したのと同じです。それを後になって、分からないというのはルール違反でしかありません。

アサーション権、人権は、共同体に暮らす人間同士が互いに幸福で健全な暮らしを営むための技術を、万人に使うことを奨励したものです。ですから、どんな場合も相互尊重が働いているのがルールです。

自分は使うけれど、相手の権利にはおかまいなしというのは、アサーション権の無視です。自分の意見を主張しない権利を行使するときには、そのことを忘れずに、意見を主張しないけれど、それ自体が意見を主張していることでもあることに配慮するようにしましょう。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

先にあげたように、それを会社、たとえば営業職にはめこむとどうなるのでしょう。新規開拓をしてくるも、してこないものアサーティブということになるでしょうか?会社はチームワークが基本ですから、その責任を個人で引き受けるではすまない場合があります。

たとえば、野球に置き換えたら、二塁を守っているのに、二塁に飛んで来た打球をとらなかったとしたら、チームワークになりません。自分の役割は自分が果たすのがチームワークです。
自分が意見を主張しないことによって、どんな意見を主張しているのかを認識するようにしたいものです。

言葉にして主張するのも、非言語で主張するのも、どちらも使わずに主張するのも、相互尊重の精神のもとにあることが指針になります。

上司が感情的になっているときに、アサーティブに関わるとかえって火に油を注ぐことになりますし、社内・社外を問わずアサーティブに主張しても時間のロスというような場合もあります。
自分だけでなく意見を言いたくない、あるいは宴会えカラオケを要求されたけれど歌いたくないというひとに、相手にも主張しない権利があるのですから、要求しないのもアサーティブなのです。

アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利




2012年9月19日水曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜4.論理的な説明できなくてもいい権利



萬法一如/9つのアサーション権
4.論理的な説明できなくてもいい権利




禅の言葉「萬法一如」・・・・「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると、9つのアサーション権は「萬法一如」の基礎となるものです。


アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利

では今回は、論理的な説明できなくてもいい権利について説明していきましょう。
論理的というのは、バラバラに見えることや、関係性がないように思えることに関連性や共通性を見いだして、いまだ明確に解明されていないことや、これから起こることを分析、高い確率で推察することです。
いわゆる思いつきではありませんが、「論理的」の反対のポジションに直感があります。

人間はどうしょうもなく非合理的な生き物ですが、合理的に物事を進めることで円滑な活動を展開しょうとします。時に矛盾が生じるのは当然ともいえます。理屈で説明出来ないことが出てきます。人間は勘やひらめきで行動してもいいのです。自分の行動に他者の承認が必要なわけではないので、自分の行動を言葉で説明できなくてもいいのです。時には直感がもっともすぐれた判断基準になることがあります。
その説明を自分自身に問いかけても答えが出ないことはあります。それは論理的でなくても体験の積み重ねでひらめくデータベースなのです。言葉で説明できなくても自分の内では整合性がとれていることもありますが、整合性がとれてなくてもいいのです。

注意したいのは感情の表現はしてもいいけれど、感情的な行動は自分と周囲の人を傷つけてしまうことが多い点です。感情的な行動を少なくする方法は、感情を言葉で表現することです。感情を言葉にするには、まず自分の感情を認識します。ところが実はそれが結構、難しいのです。

感情的な行動をする人は、感じたことをワンクッション、間を置いて、どういう行動をするのがいいか考えることがなく、感じたことをそのまま行動に移してしまう点で問題なのです。時間にすればわずかな間ですが、自分の不安や不満に注目してしまい、どうするのがいいか相手目線で考えることを忘れてしまうのです。

考えて行動に移す場合は時間がありますが、その場合も感情的な決定をしてそれを行動に移しているだけなので、実際には自分の感情への注目だけで、ワンクッション、間を置いて相手目線で考えることが抜け落ちます。

相手目線で考えることは自分の感情を疎かにするわけではありません。人は他の人との間で暮らしていますので、愛し愛され、信頼し信頼され、双方向のWIN-WINな良い関係を求めているのが自然体です。相手目線で考えることは自分の感情を正直に表現するためなのです。
しかし、人は価値観が違いますし、立場や境遇の違いがあるので、望んでもできないことがあるのが普通なのです。これは仕事しているときも同じで、思うようにならないことが山ほどあります。そのなかで精一杯生きて、表現し、限界とそこにいる人の距離を思いやるのが自分を大切にすることに他なりません。

マートワンが提唱するビジネス・アサーションの中心になっているスイッチチェンジとは、物の見方を変えて最善、最適な行動をすることです。

感情的な行動も論理的な説明ができないことが多いのですが、これは論理的に説明できないと言うより、的確にとらえることが苦手だからです。感情を認識する訓練を日頃からしていると説明できるようになります。この場合は、自分が最適な行動をとれるようにするために、自分に説明できるようになったほうがいいのです。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】
ここでいう論理的な説明について、事例をあげます。
かって私が会社勤めをしていたとき、自分の部下(店舗責任者)の様子に疑問と不安を感じた私は、非公式に食事の時間を用意し会談しました。会談と言っても、昔話などを交えて「最近どうよ?」というとりとめのない内容で緊張するな内容は一切ありませんでした。
しかし私は金銭トラブルとその原因となるような問題が潜んでいることを直感で感じました。
そこでその翌日、店舗に赴くアポをしました。理由は言わなかったのですが、その時刻に行くと留守でスタッフに所在を確かめると返答は「昼食に行ったままです」と何気ない返答です。その瞬間、彼は逃げたと思い、即、新幹線の駅と空港の駐車場を手分けして探す指示を出し、同時に家族に連絡をしました。

家族の方を含め、全員がなぜ?探しているのか疑問を持っていましたが、私が懸念したのは自殺と逃亡でした。結局、新幹線駅で発見でき、家族は理由も分からないまま途方に暮れるばかりでしたが、私は調査を続けて、そのプロセスを全部解明しました。数ヶ月後、連絡がとれ、家族と共に会いましたが、自分の判断に違いはありませんでした。

私は、このような事例を、数えきれないくらいほどたくさん体験してきました。自分でも霊感能力があるかのように思うことがあります。しかしそうではなく、自分は科学的、合理的だと思っています。

会社はたくさんの人間がいるのでドラマの置き場のような場所です。三面記事になるようなことは他人事ではなく、身近に起こるは確率の問題として当たり前ですが、そのひとつひとつに論理的な説明をしていては対処できません。
直感から追求して論理的な説明がつくというプロセスは珍しいことではなく、トラブルを未然に防ぐためには直感やひらめきは大切にしたいものです。

ある人間のひとこと、ひとつの冗談、ひとつの挨拶が、ただそれだけの意味でない瞬間があります。それは抱えた重みに耐えきれず助けを求める瞬間であることが少なくないからです。
直感やひらめきがどこから生じるかというと「人間」という生き物の原理原則だと思います。原理原則とは膨大なデータベースから導きだされた確率です。そのデータベースと、自分の目の前の現象を突き合わせると、確率から答えを発見できます。
注意力を研ぎすましていると、ほとんど狂いがない答えが出ます。仮に外れても危機管理の点で有効なのです。

大事なことは、単なる勘だからということで切り捨てず、自分の内に生じた直感を自分が信じられるかどうかです。
直感やひらめきは知と身体に続く第三の力として、マーケティング、マネジメント、危機管理に活用出来ます。
 アサーション権について
アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、マートワンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 
1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利


2012年9月17日月曜日

萬法一如/9つのアサーション権〜3.不完全であってもいい権利




萬法一如/9つのアサーション権
〜3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利


萬法一如」「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。9つのアサーション権は萬法一如」の基礎となるものです。

知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではありません。
人は成長するために、自分の不足を知り充足することが必要不可欠です。
恥ずかしいと思うと、不完全を知られるのが怖くなって、隠すようになってしまいます。

恥ずかしいと思うことから負の連鎖が始まり、個人はもちろん組織からアサーションな態度がなくなってしまうことが重大な問題になります。

人は無意識に思い込みや、決めつけをしていて、それを、いつの間にか、常識として身につjけています。
・完璧でなくてはならない。
・賢くなければならない。
・誰からも好かれて受け入れられなければならない人の役に立たなければならない。
・人を傷つけてはいけない。
・悲しんでいるときは同情するべきだ。
・失敗してはならないなどをはじめ思い込みはいろいろあります。
・人を傷つけてはならない。
・危険や害のあるものに、人は深刻に心配するものだ。
・物事が思い通りに進まないのは致命的なことだ。
・できなかったり、できないと言葉にするのは、能力がない証だ。
・親、目上の人、上司などの命令や依頼は断ってはいけない。
・上司は~であるべきだ、部下は~であるべきだ、
・男(女)は~であるべきだ・・・

等等思い込みや、決めつけをピックアップしたらキリがありません。
思い込みは自分だけの錯覚・妄想であって思考ではありません。「~であるべきだ。」は自分だけの感情なのです。
思い込みには、さらに思い込みや決めつけの背景には、自己否定感が深く関わっていることが少なくありません。

・私の能力不足を発見されたら困る
・頭が良くないと思われるかも?
・自分勝手な奴と思われるかも?
・自分の話すことはどうせつまらない
・この程度は誰でも考えているだろう
・わざわさ言うほどのことでもないだろう

思い込みでコミュニケーションするとは、妄想でコミュニケーションに等しいと言えます。
なにより思い込みは自分で自分を縛る「禁止令」です。禁止令が働いていると、ステレオタイプの考えに終始します。難関にぶつかるほど、物ごとの見方を自由に変えるスイッチチェンジが必要になります。
しかし思い込みが強いと、不安になるほど画一的な考え方に囚われ対応ができなくなります。

しかしスイッチチェンジができずに柔軟性もないと相手目線で考えることができなくなります。
事実を無視したり、相手に配慮を欠いたコミュニケーションは相手にとって迷惑で失礼なことと言えます。
知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいと考えていると完全主義になりますので、柔軟なコニュケーションができなくなります。一方、自分が知っている範囲の世界に、未熟な人を迎えた場合は、未熟を恥ずかしいこととしてアグレッシブ(攻撃的)になります。視野の広い人から見たら奇異に感じますが当人は小山の大将気分です。

攻撃的に指導されたり、価値の値引きをしながら指導されても、自己満足に終始してやる気は起こらないので成果はあがりません。成果のあがらない理由に指導される側の無知をあげられたりして、どこまでのアグレッシブな態度が続きます。
こうして隠すことでノン・アサーティブ(非主張的)になる一方で、アグレッシブ(攻撃的)という2面性が露出することになりますが、そのどちらにも、率直、誠実、対等、自己責任というアサーション4つの柱がないので、自分自身のライフスキルが育まれることはなく、成長が困難になります。

年齢に比例して奇異な頑固さが強化されるので、リーダーシップが身につかなくなります。
これを防ぐには、若いうちから、「知らないことは聴く」「分からないことは分かるまで聴く」「できないことはできるまでトレーニングする」ようにします。
この態度こそが、知っている、分かっている、できる以上の長所になります。この点をしっかり肝に銘じて実行したいものです。

【ビジネスの現場からこんな意見が聴こえてきます。】

不完全であってもいいと開き直られたら困るという心配もありますが、そんなことはありません。
たとえばチームワークは、自分の役割を果たせることが基本で、果たせない場合は果たせるようにスキルを身につけるのが原則です。そのためになにができないのかの発見と充足がリーダーの仕事です。それを果たすために、周囲は出来ないことを手伝わないのが原則です。

このルールに則ってやれば、開き直ってもいいという心配はなくなります。
目標達成のためには、開き直っている時間がなく、不足の充足に躍起になっているのが普通です。

そして、この権利にも他の権利と同じことが言えます。
自分が不完全でいけないと思い込んだ人が管理者になった場合、この思い込みが解決されていないと、やはり部下の不完全を許さなくなります。

人は不完全を克服するために苦しむのは当たり前のことと考えてしまうのです。
自分の不完全を解決する努力は尊いですが、それが義務になっては働く喜びを失うので、働きがいのある職場にすることいは困難になります。どのようにして自律性を引き出すかに焦点をあてるには、まず知らない、できない、分からないことがあるのは恥ずかしいことではないことを明文化するのが先です。


アサーション権について

アサーション権は100以上あると言われています。まとめ方で数も変わりますが、現在、ゲンキポリタンでは、アサーション権を分かりやすくするためにシンプルに次の9つと全体に共通する基礎(じぶん外の力とじぶん内の力)にまとめています。

 1.自分の行動を自分で選択して実行する権利
 2.他者と違う自分の価値観を大切にする権
 3.(知らない、できない、分からないなど)不完全であってもいい権利
 4.論理的な説明できなくてもいい権利
 5.自分の意見を主張しない権利
 6.間違いや失敗をする権利とその責任を果たす権利
 7.自分の考えや意見、行動を変更する権利
 8.他者の困難に対して援助の選択を自分で判断する権利
 9.周囲の期待に応えなくて良い権利