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2016年2月22日月曜日

清風払明月~ありがとうが一番多い会社

清風払明月(せいふうめいげつをはらう)

美しく輝く月はそれだけで美しいという意味です。人も同じ、その存在するだけで美しい、あなたがいてくれてありがとう。すべてはその気持ちから始まります。その気があれば、地域で光る、なにかで一番になれる会社になることは決して難しいことではありません。




まず地域でなにか一番の会社をめざしましょう


共同体(会社)への貢献度の高さを自身が実感することで、自分への自信と勇気が高まり、意欲になります。貢献は褒められることではなく、「ありがとう」によって実感できます。

よく「褒めて育てる」と言われますが、実はこれほど人を軽視した考え方もないのです。
褒められるほど自分には価値がないと言われているのと同じなのです。

私たちは「能力」を問題視しますが、スポーツのような特殊とも呼べるような場合を除けば、ほとんどの場合、能力は要求されません。ほとんどの場合、少し磨けば光るもので、トライ&エラーつまりPDCAの高速回転で輝いてきます。

むしろ問題は「勇気の足りなさ」なのです。
勇気の足りなさは、能力を使わないことでますます不足になってしまいます。その原因は自意識過剰になってしまい、対象に対して打ち込むことを避けてしまうことにあります。

対象に対して打ち込まないと、能力の不足が起こるのは当然の結果ですが、これを本人が一番よく認識するので、ますます自意識過剰になり、対象に取り組むことを避けようとします。こうして負の循環が起こり、勇気がどんどん不足し、それを隠すために、弱い犬ほどよく吠えるようなことになり、最終的には使いものにならなくなります。

この悪魔のような円循環を避ける方法が、あまりに簡単すぎて拍子抜けするようですが、「ありがとう」なのです。大したことでなくても「ありがとう」というには材料が必要です。

こんなこと当たり前だろうというようなことでもいいので「ありがとう」を増やすとしても、プロセスを見ていないと「ありがとう」をいう機会を発見できなくなります。結果は経営に携わっていたら誰でもわかります。しかしプロセスは目を凝らしていないと発見できないものです。その点。留意して取り組むようにしましょう。

働く人々を行為(DO)で評価する習慣がついています。無意識でも、永年、そのように教わってきました。しかしこのやり方は現代では通用しません。

ずっと言い続けているように、BE、つまり存在のあり方で注目しましょう。存在のあり方もどんどん落としていくと、「あなたがいてくれてありがたい」になってしまいます。

こんな考え方で会社はうまく経営できるのかと心配になりますが、お客様に置き換えたらどうでしょう?たとえ1個しか買わないお客様であっても、「あなたがいてくれてありがたい」になりはしないでしょうか?価格競争の本質はそこにありますが、本質が見失われているので、不毛の競争に陥ってしまうのです。


もし1個しか買えないお客様であっても、「あなたがいてくれてありがたい」という気持ちが通じていれば、100個買える状態になったときには買っていただけるのではないでしょうか?

これを従業員に置き換えたらどうでしょう?いまは勇気がないので能力も発揮できないため生産性は低い状態であっても、貢献を認められて「ありがとう」と言われると勇気が湧いてきて能力も発揮されるようになると加速度的に生産性もあがります。

そこで課題になるのが「能力アップ」です。これにはサポートが必要ですが、サポートとはどういう意味でしょうか?サポートとは応援、援助、励ましであり、これは知識や技量に対して行われるものではなく、人そのものに行われるものです。

つまり知識の上積みではなく、失った能力を取り戻させることに主体を置くのがサポートなのです。すると自然に能力を取り戻し、アップに自ら躍起となって動いてくれます。主体性を取り戻せば「やる気」は戻ってきます。

どこで失ったのかは個人の生育の歴史を紐解かないとわかりませんが、会社的にはそこまで踏み込むことは困難なので、もっとも身近なレベルで取り組むのが最適です。それが私が提案するプロジェクトです。名前はなんでもいいです。

まず地域でなにかで一番の会社をめざしましょう。


課題はなんでもいいのです。どうせすぐに達成できませんので、段階的に改善していけばいいのです。
最大の問題は決めないことです。決めて取り組まないと失敗はないように見えますが、それが取り返しのつかない最大の失敗なのです。いつまでも負の循環をぐるぐる回してしまうことになるからです。


2015年5月26日火曜日

閑古錐〜「指示命令型マネジメント」と「自律型マネジメント」











閑古錐(かんこすい)
とは、古びて先が丸くなり、使われなくなった錐(きり)のこと、先の尖った錐は使い勝手もいいけれど人を傷つける可能性があります。反して先の丸い錐は役に立ちそうにもないですが、傷つける可能性も低くなります。

人間も同じことが言えます。若い世代に任せますが、困ったとき、トラブルが生じたときには閑古錐の出番です。まさしく
「自律型マネジメント」に通じる禅語です。


なぜ、キャリアのある人がない人より高給なのでしょう。

長く勤めているから?

給料は存在給ではありません。通勤給でもありません。
託された仕事を達成するからです。

誰もが知っていることですが、キャリアのある人がない人より高給なのは、実はPDCAをうまく回せるからですね。つまりマネジメントができるということです。

ですからキャリアのない人が、PDCAをうまく回せなくても仕方がないのです。

どのような障害が起こるか、十分に予測できないので、P(PLAN)が絵に描いた餅になりやすいのです。だから障害が起こる確率が高くなり、しかも対処する方法も抜けが多いので、途中で挫折しやすいのです。

「指示命令型マネジメント」の欠点は、キャリアを重ねても、絵に描いた餅を繰り返しやっているただけになるので、キャリアにならないことです。これだと人が育ってこないのです。

「失敗は成功の母」というように、考える習慣であるPDCAを日常のことにしていたら、必ず人は育つものです。ところが指示命令型マネジメントに終始していると、管理者のひとりよがりのカタルシスにはなっても、人をダメにしてしまうのです。

日本社会は語彙の豊富な人を賢い人と捉える傾向がありますが、人を人材と呼ぼうが人財と呼ぼうが、言葉遊びのようなことはどうでもよく、重要なことは、重要なことは、日夜努力して、PDCAを回せる人に育てることです。その成果がリーダーシップの発揮できる人に育つことになります。これは本人には家族を幸福にするリーダーシップとして役立つ財産になり、会社には全員経営の礎になってもらえる恩恵があります。

まだ本人にキャリアがなくPDCAをうまく回せない状態の場合、「指示命令型マネジメント」が必要です。ですがプロセスで、本人の状態を見極め、ゆるやかに「自律型マネジメント」に切り替えていくようにしましょう。

「指示命令型マネジメント」が有効なのは、全体に在り方(文化)つまり<Be>を浸透させる段階の時です。

民主的にという人もいますが、価値観が定まっていないチームに、民主的な運営を導入すれば、ダッチロール状態に陥ります。

「指示命令型マネジメント」を通じて「在り方」を徹底的に浸透させ、「在り方」が浸透したと思えば「自律型マネジメント」に切り替え、考えさせ、考える習慣を身につけさせます。考えるときの基準が「在り方」なのです。

「在り方」は経営理念と同じようなものですが、美辞麗句ではなく、現実的なポリシーです。社会に於ける存在意義と言っていいでしょう。言い換えれば「差別化戦略」になります。

たとえば「安く売ること」が差別化の要因のひとつであっても、そこに社会に於ける存在意義でとなる「在り方」が加わることで、オンリーワンの道筋が見えるようになります。

さて、PDCA,つまりマネジメントをうまく回せるようになるには、どうすればいいのでしょう。説明していきます。


2014年10月6日月曜日

すいとうきょせい 在り方は水に似て無心に流れて道を開く






未知のことについても、積極的に取り組める人と、逃げ腰になって理由をつけて取り組まない人の違いは何でしょう。その背景にある「自信の違い」を生み出す「違い」はなんでしょう。

自信の違いについて言えば、実は違いなんかないのです。

不安だし、何から手をつけていいのかも分からない。どうしていいのか分からない。という点では全く変わりはないのです。

ただ積極的(アサーティブ)に取り組む人は、行動することで、遥か遠くにあったことを引き寄せてくるのです。
失敗を恐れていないわけではなく、逆に失敗を恐れるから失敗をしないように努力をします。


消極的(ノンアサーティブ)な人は、失敗を恐れて悩んでいるばかりで行動しません。本人は悩んでいることを考えていると思い込んでいますが、考えるのと、悩むのは違います。

考えても答えのでないことは行動で答えを出すしかないので、積極的(アサーティブ)に取り組む人は、行動することで、答えを見つけていきます。

「行動の違い」を生み出す「違い」が自信の違いです。禅問答になってしまいますが、自信の強さに違いはないのです。

しかし自信の質に違いがあります。<Be>と<Do>の違いです。

<Be>の自信とは、<自分の在り方>の自信です。
<Do>の自信とは、<なにができたか>つまり<成果>の自信です。


私たちは、子どもの頃から<なにができたか>で評価されてきます。
学校の成績、運動の成果など目に見える、つまり他の人が見ても分かりやすい評価基準で評価されてきます。
大人になれば、業績で評価されます。資格をとるにも採点されて合格、不合格が決まります。


つまり<Do>の自信に裏付けされた評価を自分に課している人が、自信があることには取り組めるが、未知のことには、逃げ腰になって理由をつけて取り組まない自分にしています。

<Be>つまり<在り方>を大切にしている人は、<なにができたか>で評価しません。

その前提にある態度を大事にしているので、

  • 「できるまでやる」
  • 「プロセスに注目する」
  • 「決めたことは責任をとる」
  • 「いまこの瞬間に集中する」
  • 「理想と現実の差を埋める目標を選ぶ」
  • 「感情的な行動はしない」
  • 「自分と周囲の人を励ます」

というような態度に自信を持っています。

このような態度は他者に委ねませんので、他者の評価を気にしません。実際、他者には分かりません。他者に分かるのは結果が業績になってからです。

しかし<Be>を大切にしている人は、自分にできることとできないことの判断がついているので主体性を発揮できないこと、つまり自分にできないことには無関心です。他者の評価もそのひとつです。そんなことに右往左往する時間があるなら、態度の高度化(レベルアップ)に励みます。

<Be><在り方>の自信は自分への自信です。ただ裸の王様にならないように、<自分>への疑いは<Do>に満足している人に比べると段違いに強いのです。狂人は自分を狂人だと思っていませんが、正常者は自分はおかしくないと疑うのと酷似しています。

この態度が「なぜ?」と聴く態度になっています。

<Do>で評価している人が「どうしたらできる」と<HOW 型>になるのに対して、<Be>を重視している人は「なぜ?」が習慣化した<WHY型>なのです。

この質問の違いが危機突破力になります。

<Be><WHY型>は、うまくいかない場合、「なぜ?」「なぜ?」「なぜ?」の連発で正解を探します。

<Do><HOW 型>は、「どうしたらできる」と答えを探しますが得られないと自信を喪失します。特に経験のないことには極端に弱く消極的で折れやすいのです。そのため弱さが露呈するのを嫌い<ノンアサーティブ>あるいは<アグレッシブ>になります。

<ノンアサーティブ>と<アグレッシブ>は態度は真逆ですが、根本は同じです。その人間関係の構えは<自他否定><自己否定・他者肯定>です。このように自信の質が極めて限定的なのです。

<Be><WHY型>の人間関係の構えは<自他肯定>で、自分は自分、他者は他者と自他尊重が基本になっています。



外面の力はすべてと言っていいほど限定的ですが、内面の力は無限です。
外面の力、つまり外から見える力、他者が評価しやすい力は、財産、地位、教育レベル、業績、専門知識、資格など無数にありますが、期限、地域、業界などあらゆる面で限定的です。


内面の力、外から見えない力、つまり自分にしか分からない力は、態度、信念、意識などでつかみどころがありませんが、世界のどこでも通用して死ぬまで力を発揮します。


外面の力の最後は、「立派な業績を残されましたね」といった類いの言葉で評価され、外面の力の最後は、「素敵な方でしたね」といった類いの言葉で評価されます。

<Be>と<Do>の違いは次の図のようにまとめることができます。
決定的な違いは「リーダーシップの有無」になって表れます。






<リーダーシップ>の定義は人によって違います。違っていいでしょう。しかし外面的な力技で<リーダーシップ>は発揮できません。

<リーダーシップ>のあるマネジメントは効果を発揮しますが、<リーダーシップ>のないマネジメントはあり得ません。

マネジメントとは、あらゆる困難を乗り越えて目的を達成することだからです。<リーダーシップ>は困難に出会えば出会うほど、<北十字星>から逆算して進路を示す必要があります。


最初から限界があり、折れてしまいやすい<Do>の力と自信では、問題も困難もなく変化のない時には問題なくできても、困難が生じるとすぐに凹んでしまいます。

あらゆる困難を乗り越えて目的を達成するとは自ら「変化を起こすこと」だからです。


自信を精神的なものとして、無理に自信を持とうとしても自信は生まれず逆効果になります。自信には自信が生まれる根拠があります。どんなときにも自分を信頼して行動できる基礎である<Be>です。


すいとうきょせい 在り方は水に似て無心に流れて道を開きます。