2012年12月21日金曜日

柳緑花紅/コツコツが嫌になるのは



禅語に「柳緑花紅」・・・・・「やなぎはみどりはなはくれない」意味は読んだ字のの通りです。草木は緑に染まり、花は美しい赤色を見せてくれます。自然はそれぞれにありのままを見せてくれます。そこには不変不動の真実があります。日々のストレスで幸せを感じる力が弱って来た、ストレスを感じたら、静かに自然と向かいあってください。ただコツコツと自然のサイクルとリズムで構築された自然界に身を置く幸福感は本来人間が持っている感覚です。デジタルデバイスをオフにして、ありのままの自然に身をおけばありのままの自分に戻れます

トップセールスマンでも、必ずスランプがきます。 スランプを短く小さくするのも、トップセールスマンのスキルです。自分をコントロールできるアサーティブな力が役に立ちます。
数値目標はエンドレスです。疲れてもくるし、目的があっても迷いが生じます。
目的がない場合には、何のためにしているのかが分からなくなり混乱してきます。

セールストークの工夫をしていても、こんなことでうまくいくのだろうかと不安になってきます。
不安を感じると先のことを心配します。

そこで、「こんなことしても・・・・」 という不安が強くなると、止めてしまいたい衝動にかられます。
時間がかかるということは、自分の資源を投資することに他なりません。
それはすごいリスクです。

時間は使うと、二度使えません。
場合によっては取り返しのつかないことになります。
コツコツがんばっても、うまくいかなかったら挫折感も大きくなります。
ですから、コツコツは不安です。コツコツは孤独です。

必ずうまくいくという保証がないと、バカバカしくもなります。
だから、すぐに楽しくなることに手を出したくなります。
難しそうなことは最初からしない・・・そんな人もたくさんいます。

ディズニーランドは、入園料を支払ってゲートを抜ければ別世界。一気に楽しい世界へ誘ってくれます。残念なことは、楽しくなれるのも、すぐですが、楽しさから醒めるのも早いことです。

悪い結果を想像してやめることも少なくありませんが、この世界は、いい結果、思うような結果を得るにはコツコツとやるしかない仕組みになっています。

コツコツと積み重ねていくことは大変ですが、その代わり一生モノになるものも多いようです。

人間は感情的であるけど、世の中は合理的な仕組みになっています。原理から見いだした原則でル-ル化されているからです。
原理とは、もともとあったものを後から人間が発見したことです。原則は原理を参考にして後から人間が考えたことで、こうしたらいいというルールです。

コツコツという状態は、成功へ向かってグレーゾーンを旅するようなものです。
なにごとも成功か失敗を白か黒かの2者択一で考えられる状態ではありません。
部分的な成功には価値を認めずに、成功か失敗を白か黒かの2者択一で考えてしまうとコツコツは続けられません。

良い自分か?悪い自分か?白黒思考の2者択一をしている限り、現実をあるがままに見ることも受け入れることも 不可能です。

私たちは、とかくありえない完全を求めてしまうことがあります。しかし完全な人間って見たことありますか?完全な会社ってあるでしょうか?完全な店ってあるでしょうか?そんなものはどこにもありません。

あるのは、少しでもよくするために毎日コツコツとやっている会社や店や人がいるだけです。非現実的に自分を厳しく見ている限り、自分の自尊心は高まることはありません。だから難しいことは最初から挑戦したくなくなるのです。

世の中の悪くなる仕組みとは、昔から言われてきた「飲み、打つ、買う」です。
これらはコツコツとは、まったく反対で瞬時に快適になります。しかし瞬時に快適さは消えます。快適を持続するためには、時間に変わる資源を投資が必要になります。お金です。結局、身を滅ぼします。

そんなことで大切な人生を台無しにしないように、なぜそうなってしまうのか、
原因を整理しておきましょう。 世の中の仕組みから逸脱するようなことは断じて避けたほうが楽しいのです。

成功か失敗を白か黒かの2 者択一にあてはめて考えるのが、大きな原因なのです。
部分的な成功には価値を認めないため、成功の実感がないのです。
いくらやってもありえない完璧な勝利をめざしているのです。
ですから難しいことは最初から挑戦しません。

これほどまで非現実的に自分を厳しく見ている限り、自分の自尊心は高まることはありません。
たとえばイチロー選手は、完全でない自分に向き合い、なれる最高の自分になろうとベスト尽くしているプロセスこそがもっとも重要だと知っている人です。

記録そのものに価値があるわけでなく、その「記録へのプロセス」に価値があること知っているのです。だから結果オーライに価値がないことを知っています。
結果オーライ主義が自分への欺きであることを知っています。
だから彼は他の選手と自分を比べることもありません。競争的になることもありません。
自分と他人の境界がすごくはっきりしているのも、いつも自分と向き合い自分を生きているからです。

それは「いじめの構造」と全く正反対で、とっても美しい姿だと思います。
悪い結果を想像することは悪いことではありません。
悪い結果を想像してしまうのは誰にもあることです。
悪い結果を想像するから計画して準備するのです。
悪い結果を想像して、自分にはできないと自分の能力を信じないことが悪いのです。

自分を辱めている態度や行動が悪なのです。
「自分にはできない」と思うから、行動しない。
最初から逃げ道を用意しておいて逃げる。
そうではないのです。「自分にはできない」と思うからしっかり計画を立て、できるように準備をするのです。

コツコツができない人は、我慢が出来ない人です。
「自分にはできない」と何度も、何度も、そう思っても、いやきっとできる、できるまでやると押し返す。
コツコツができるのは、本当は自信がなく「自分にはできない」と考えるからです。

「自分にはできない」と考えるからコントロールが必要だと考えます。コントロールするために、目的、目標が必要になります。
コツコツができないのは、本当は自信がないのに、「自分にはできて当たり前」だと考えるからです。だからコントロールが必要だと考えません。目的はなく、目標も考えようとしません。スランプになったら、「何のためにやっているのか」を考えると脱出できます。
目的が効果を発揮します。

柳緑花紅是非、家のなかに自然を取り入れてください。花が枯れたら自分の手で自然に戻してやってください。土の帰してあげるだけで幸福な気持ちになれる自分に出会えます。

2012年12月20日木曜日

以心伝心/言葉を越えた結びつき



言霊と言うほど言葉には強い力がありますが、互いに断ち切れないほど強い結びつきは言葉にできない心を伝えることでしか生まれません。それが以心伝心」です。禅では、人が本当に伝えたい思いや事柄は文字や言葉に表せないと考えています。

ある時、お釈迦様が説法をされる際、一本の睡蓮の花を弟子達の前に無言で差し出しました。弟子たちは意味がわからずいましたが、一人だけが微笑しました。言葉を介さなくてもお釈迦様の気持ちが分かったのです。そして彼がお釈迦様の後継者になったのです。その弟子とは摩訶迦葉尊者です。

ノードストローム(Nordstrom)は、アメリカ28州で160店舗を展開する創業1901年の老舗デパート。「ノー」と言わない顧客サービスで有名なデパートです。

ノードストロームの精神がどのように現場で反映されているか、ご紹介しておきます。

会社の方針でもなければ、上司の命令でもなく、自分の判断で「そこまでやるか」と言いたくなるくらい、一般常識を超えた対応を店員が自主的に実行していることから、「ノードストローム」は世界中で有名になったデパートなのです。

ある日、ノードストロームにはあまりにも不似合いな、見るからにホームレスの娘が店内に入ってきました。彼女が店内を歩いて行くと、そこにいたお客さんの誰もがその娘から離れていきます。
そしてホームレスの彼女が辿り着いた先は、「ブライダル・コーナー」だったのです。
やがて、彼女は「ウェディング・ドレス」の試着を要求しました。店内にいたお客さんたちは物珍しそうに、遠くから眺めていました。
一方、ノードストロームの店員は断るどころか、どこまでも暖かく親身になって何着もの試着に応じたのです。
オドオドビクビクしながら店内に入ってきたホームレスの娘は、イキイキとした表情で胸をはって帰っていったそうです。偶然、この事態の一部始終目撃した神父がいました。

やがてその神父によって、「ノードストロームにおける福音」という説教として、教会で紹介されました。それを聞いた信者から話が広がり、「ニューヨーク・タイムズ」紙で紹介されて、全米に知れ渡たりました。

同じようなことが、他でも起こりましたので、こちらも紹介しておきます。

こちらは銀行で起こった事例です。よぼよぼの老人が銀行の窓口にやってきて、「そこの駐車場を貸して欲しい」と頼んだのです。彼の身なりを見た窓口の女性は、「そこはうちのお得意様専用なのよ。あんたみたいな爺さんに貸すスペースはないの!」と、横柄な態度で追い返そうとしました。

彼はただちにその銀行に預金していた100万ドルを全て引き出し、その足で通りをはさんだ向かいの銀行へ預金してしました。
(「サービスが伝説になる時「顧客満足」はリーダーシップで決まる」)

この2つの事例の比較は個人の判断はもちろんですが、風土が問われます。風土は価値観によって培われますが、もっと具体的に言うと、手順があります。

1) 理念によって予め定めたサービスの基準を用意し、全員に周知徹底しておく。
2) サービスの基準に基づきホスピタリティを効かせた判断を個人の判断で実行する
3) 個人が適切な判断ができるよう日常的に必要なスキルが研かれる職場運営をする
4)そのためには指示・命令だけでなく、自律心を養えるように、考える機会と仕組みをたくさん用意し、自主的に行動できるスキルを身につけさせる


いくら個人の判断といっても咄嗟のことなので、日頃から「この場合には、どうするのが、会社の方針と適ったものなのか、判断する情報がないと判断できません。
会社の理念が浸透していないと個人は判断できなくなります。しかも日常的に指示命令が曖昧で、感情的な行動が多い職場では、触らぬ神にたたりなしの判断からネガティブな行動をよしとして選択するものです。従業員が安心して積極的に自己表現ができる支援をするには、適応した態勢を用意しないとできません。

先のノードストロームの出来事は、どうして起こったのか。を考えるときに、「人の話をよく聴くスキル」がもっとも大きな要素になっていることに注目してください。

日頃から積極的に傾聴することで、相手の気持ちを理解する、相手の立場になって物事を考えるスキルにつながります。そしてホスピタリティのスキル、互助の精神、自分を励まし周囲のひとを励ますスキルを身につけることになります。励ましの心から、「じぶん力」の基礎である自己肯定するスキルが正しく養われ、他者肯定のスキルが磨かれ、やがてリーダーシップに欠かせない必須条件が身についていきます。

パートナー(スタッフ)ひとりひとりに、リーダーシップが育まれる集団、つまりブランド力をつけられる集団と、逆にリーダーでありながらもリーダーシップのない会社が競争したらどうなるか、言うまでもなく明白です。

それが、いつどのようにして、どんな場所で、身につくのか、実は誰も気にしないような場所のささやかな一瞬、一瞬のコミュ二ケーションの違いであって、その大元は「自分たちはなにをするためにここにいるのか」・・・理念なのです。

ノードストロームの出来事に似たようなことが、アメリカに多いのは、アメリカ人好みの人情話とも言えます。この種の映画、小説、エッセイの数の多さが物語るように、フレンドリーでオープン、日本人と比べポジティブな発想が多いアメリカの善の部分で、ノードストロームのようなサービスを生み出す土壌になっているのかも知れません。

事実、自分も通じる光景を目の当たりにしたことがあります。人がまだ少ない早朝のオフィス街で、ホームレスの人を引っ張って来て、マクドナルドで朝食をおごるビズネスマンやワーカーの姿を数回観ています。


では、ノードストロームの伝説から、

あるご婦人が、別のデパートの靴売り場で、お気に入りのデザインの靴を見つけました。ところが喜びも束の間、ちょうどピッタリのサイズがなく、悩んだ挙句、しかたなく、ワンサイズ大き目の靴を購入しました。
その帰りにノードストロームに立ち寄ってみると、なんと同じデザインでしかもサイズがピッタリの靴を発見しました。
  「まぁ、なんてこと」
婦人は、その靴を眺めながら、後悔します。
出るのはため息ばかり・・・。
それを見ていた店員が、婦人に近づき話しかけました。
  「お客さま、何をお悩みでございますか?
     その靴とこの靴をお取替えになればいいではありませんか?」

この話は、日頃から鍛えている、相手の立場にたって五感を全部使って考える。「人の話をよく聴くスキル」がもっとも活かされた事例ではないでしょうか?
店側にすればリスクは少なく、それでいてお客さまを奈落の底から救うという点で、素晴らしい話です。

次の事例はびっくり仰天、「そこまでやったか!」という伝説。

ノードストロームは、アパレルやアクセサリー、化粧品など おしゃれ関係のデパートです。ところが、ある日、ある男性が自動車の交換用のタイヤをお客様相談コーナーにまで持ってきて「折角買ったけどサイズを間違えたので、他で新しいのを購入したため、これは返品をお願いしたいのですが・・・」と言いました。

しかしノードストロームでは、タイヤは取り扱っていません
そこで、店員は、「申し訳ございません。では、このタイヤをお引取りさせて頂き、ご購入代金は返金させて頂きます」と言い、男性にレシートの提示も要求せず、男性が言う金額をそっくり返金として支払いました。

誰もが思う????どうして?????

この話はまさしく伝説のマジック。いかにも起こりそうな気がしますが、実は尾ひれがついた一件です。
実際には、ノードストロームが運営交代した店で、前の運営者がタイヤを販売していました。
お客さまは前の運営者から購入していたのです。
しかし、さすがに ノードストロームです。あっさり返品に応じたのです。この話はでっち上げだという説もあります。

だとしても、あなたの店で同じことが起こったらどうするか?その理由は?それは自社の理念とどうか?どうするのが最良か?ディスカッションしていただきたいテーマです。
なぜなら、どこにもないことだけが、競争力になるからです。




2012年12月19日水曜日

全機現/完璧主義

禅語に「全機現」・・・・「ぜんきげん」があります。生きている、今この瞬間に、すべてを現ずるということです。いまとはそれ以上でも、以下でもなく、ありのままの状態です。欲しいものがあっても、いまは買う金がない。ならば買わなければいいだけのこと。ただそれだけのことです。完璧主義はこの態度の真逆にあります。ないものをあるように見せるので、入ってくるはずのことも入らなくしてしまう態度です。気をつけてたいものです。

完璧主義・・・・この完全を求める習性は、どんなところでどんな現象を起しているでしょうか?
アサーティブなコミュニケーションをする上で役立つことはあるのでしょうか?売上げアップに寄与するのでしょうか?

完全を求めるということは、行動をするより先に結果を知りたがるということです。結果をみてから決めるという行動の仕方です。典型的な後だしジャンケンです。
だれでも先のことが不安ですが、起ってもいない先のことばかり心配しても仕方がありません。

結果をみてから決めるという態度は、相手の態度や感情を見て自分の態度を決めるようになります。つまり、主体性を失うということです。アサーティブでなくなります。

主体性を持たない側は弱者になるしかないので、この関係は公平性を欠くようになり、かならず被害者意識をつくります。被害者意識からは不満、不平、怒り、憎しみなど楽しくない感情が、どんどん作られます。アサーティブな力を失いアグレッシブ(攻撃的)になります。あるいは楽しくない感情が内向すると無気力になります。ノンアサーティブです。
自分にとっていいことなど少ないので、気づいていない方は、すぐに止めるべきです。
もともと、相手の態度や感情を見て自分の態度を決めるというやり方で見ている相手の態度や感情は、実際には現実ではありません。自分の思い込みです。

自分の意見や要望を出す前に判断するというやり方なので、誤解や食い違いが起こりやすくなります。
  • 相手の感情をみて、自分の態度を決める.
  • 相手の感情を予測して、自分の態度を決める
  • 自分の感情を予測して自分の態度を決める
  • 悪い想像をして、自分の態度を決める

なぜこんなことをしているのかというと、相手から放たれる感情的な態度、また自分の感情を自他ともに見られることが嫌いだからです。

特に感情の表出には敏感です。感情に敏感になっているのは、感情の表現と、感情的な行動が、まったく別のものだということを理解いていない点、感情の表現=感情的な行動と思い込んでいる点にあります。
そのため、話をしても相手の話の内容ではなく、相手の態度にあわせて自分を表現しているだけなので、コミュニケーションになっていない場合が多くあります。
相手の感情に自分を合わせて、その場に適切と思ったことを表現しているだけなのです。
これではノンアサーティブ、相手の言った内容もよくわからないままですし、自分の言ったことも相手には伝わりません。

時には自分が何を考えているのか分からないようにするために、伝わらないような話し方もします。
さらに、自分を知られないように分かったような顔をしてしまう点や、問題がないような態度をとります。
自分に誠実であれば。いまさら聞けないことなんてないのですが他者に相談したり、質問しない、助けを求めたりしません。
こういうノンサーティブなことをしていると、 他者の事情が分からないままなので、ますます他者はうまく行ってるような錯覚をします。


完全な自分でないと自分を認めないので、聞くことも、助けを求めることもできなくなっているわけです。

人に聞いても、助けを求めても、「どうせ、うまくいかない」と、思ってしまってやる気が起こらないのです。

自分の誤った考え方に支配されているため、自分で自分を束縛してしまっているのです。

一体何のために、そこまで
自分に厳しいのか、
自分を許さないのか、
自分を受け入れないのか、
自分を罰し続けるのか、
自分を信用しないのか、
客観的に見て無意味です。
確かに、自分が自分を受け入れない人は、周囲が求めるような結果を出せないので、周囲から批判的な言葉を受けることも多いのですが、ありもしない完全にこだわって、やるべきことをしないために、批判されているにすぎません。
つまりやれることをやらないために批判されているのですが、自分ではやれないから批判されていると思い込んでいます。

その結果だけが、予測した結果や、自分の感情とぴったり合っているために、自分の感覚を疑わないのです。

しかし事実は全く違っています。

アサーティブであること、つまり率直、対等、自己責任であれば完璧主義で無意味さが判ります。




2012年12月18日火曜日

悟無好悪/顧客のわがままを見つける目を育む



ビジネスとは金儲けだと信じている人がいます。以外にも創業の動機がなく親から継承した 二代目、三代目になると多い。しかし大きな間違いです。ビジネスとは顧客の夢を叶えることだ。叶える手助けをすることに他なりません。

どんなビジネスにも顧客の夢は潜んでいます。頭のトレーニングにどんな夢が潜んでいるか、顧客さえ気づいていないことを発見、創造してみると楽しい。

その始まりは「不満」の解決「わがまま」の達成です。「そんなの無理だ!」から始まります。ごちゃごちゃとどうでもいいことに頭を使うなら他の誰もが提供できない価値を実現することです。

まず、自分自身が「そんなの無理だ!」と言う前に顧客の「不満」「わがまま」に注目しているか、次にそれがどこにあるのか、何かを発見するためにまず顧客を知ることです。


  • 顧客は誰か
  • 顧客はなぜ我が社から購入しているか
  • 競合他社で購入している人はどんな人か
  • 我が社の顧客のメリットを損なわず、他社が顧客の体験したい感情に応えられないか
  • 顧客と我が社がWin-Winの関係になれる方法はないか

禅語「悟無好悪」・・・・「さとればこうおなし」
あるがままに不満やわがままは潜んでいます。それを発見する力、それはフレキシブルな目です。 ところが人はとかく評判や先入観で見てしまいます。しかし先入観に囚われずにあるがままを受け入れること。そうすると先入観に潜んでいる好き嫌いは緩和されます。そうはいうものの難しい。そこで悟ことです。人は誰でもありのままを見ているのではなく、色眼鏡の自分が見ていることを知るとあるがままを受け入れるゆとりが生まれます。


2012年12月17日月曜日

萬法一如/人がすべて



どんな商品・サービスを扱っていても、商品そのもの、サービスそのものにこだわりがあっても、そのこだわりは使う人があってのことだし、使う人に向けられたものでないと意味がありません。 

商品やサービスが働く者の創造性に刺激を与えて自分を表現する道具になったとしても使う人があってのことです。働く情熱、仕事への意欲が一体何に向けられているのか、真剣に考えたことがあるでしょうか。

日頃から入って来る言葉、たとえば顧客満足、生涯価値、共有、などに自分の気持ちをシンクロさせていつしか誤解しているかも知れません。商品を仕入れて販売し、お客様の夢や暮らしを最高のものにする手助けするのを目的にしている人もいれば、ただ商品を売るだけしか考えない人も同じ土俵にいます。あなたならどちらの会社、店を選びますか?100人に聞いてみました。100人とも人を大事にする側を選びました。

挨拶されて気分を悪くする人はいないでしょう。人は誰でも自分は存在する価値があると思いたい者です。これこそすべてなのです。つまり「人がすべて」なのです。「人がすべて」とは「私がすべて」ではありません。「私たちがすべて」なのです。「私たちがすべて」とは、お客様を含む私たちが共に成し遂げられることがすべてという意味です。
「ありがとう。助かった」のひとことに集約されます。


禅語に「萬法一如」があります。「ばんぼういちにょ」と読みます。みんなが互いのことを考えて生きるという意味です。ビジネスの世界で説明すると以下のようになります。
矛盾のない仕事。そんなものはあるのでしょうか?あります。なぜならすべての根源は同じです。人間は誰もが幸福になりたいと考えています。自分を認めてほしいと思っています。すべてはつながりを持ち、因果関係があります。因果関係に矛盾があるとストレスになり疲労し意欲はなくなります。ですからモチベーションを高める対策は、矛盾をなくすことです。
自分だけが幸福になりたいと思うと矛盾は至る所に生じます。みんなが互いのことを考えて働く仕組みでは矛盾はなくなります。
問題はそうすると自分の利益が減ると考える習慣があることです。とんでもない勘違いです。その発想の根源は不安と恐怖です。不安と恐怖に支配されると人は間違いを間違いと認識できなくなってしまう弱い生き物なのです。弱い生き物がジャングルを生き抜く方法として間違った考えを採ってしまい、結果不安を現実にしてしまうのです。
働いて自分がうれしい、お客様もうれしい、会社もうれしい、「萬法一如」はWin-Winの世界を表した言葉なのです。それはまさしく幸福生産性を高める基本的な教えです。



2012年12月15日土曜日

だから怖い事実前提の経営


経営には事実前提の経営と価値前提の経営があります。
価値前提の経営とは「何を大切にするのか優先順位を定めて、その基準に従って展開していく経営」「企業理念」であり、「倫理規定」、「信条」という形で語られます。

一方、事実前提の経営は「目に見える売上や利益を重視し、売上や利益の最大化を基準に展開する経営」一見合理的 なので、資金力のない中小企業ではこちらを現実的と受け止める傾向が高いようですが、このやり方は致命的とも言える弱点を抱えています。

数値を判断するのは人間である点です。

つまりどこまでも客観的な人間など存在していなくて、個人特有の三つの心、人間関係の構え、人生ストーリーを持った人間の手に委ねられるからです。
自分なりの解釈を防止するのが、価値前提とした目標管理をする経営です。そうすることが、個人の色のついた経営を防止する方法なのです。

「個性」と称して個人の色をつけるのが特長だと考える人もいますが、全く理解できていない証です。ついていい所とついて悪い所があります。そうでなくても個性というものは出てしまうものです。たとえば接客のポリシーは全員に一貫していて、その上で「ありがとうございます」という時の笑顔の違い、これは個人の色がつく部分です。

たとえばスターバックスで商品を購入し、ギフト用に包装してくださいと頼むと包装は個人個人違います。お客様の要望を聞いて最善と思うように準備します。その姿勢をお客は「スターバックスの魔術」と勝手に呼んでいます。それができるように練習もしているのです。このような作業ができる根幹にあるのが「何を大切にするのか優先順位を定めて、その基準に従って展開していく経営」です。つまり個人の才覚で行動しても決して経営方針から逸脱しない仕組みがあるのです。これが重要なのです。
決して経営方針から逸脱しないから掲げた信条は実現できるのです。
事実前提の経営をする一方で「企業理念」「倫理規定」、「信条」を掲げる会社は少なくありませんが、実際には個人の精神状態任せのまま数値重視に陥って、お客様を裏切っている会社が多いのです。

本当に「何を大切にするのか優先順位を定めて、その基準に従って展開していく経営」「企業理念」であり、「倫理規定」、「信条」を大事にする会社は、それを大々的に宣伝に使いません。お客様が肌で感じていただけば分かることとして内部の努力に留めていて、お客が口コミで広げているのが実際の姿です。





2012年12月14日金曜日

「食うために働く」を越える3



前回の続き

さて、ここからが今回の重要なポイントイです。

限界はカルチャーショックで突破させる

「おいおまえ、この会社になぜ入ったの?」と投げかけたら
「なんとなく、いいかなと思った」「他に行くところがなかった」と返ってきました。

このような回答の背景にあるもの、それが「限界」です。

「普通でいい」「まあ、人並みに」という表現がよく使われます。
つまり、自分の状況を変えたいと思っても、なにをどう変えたらいいのか、それが分からない。「分からない事があれば聞いてください。」と問いかけても「分からないことが分からない」。これが「限界」です

問題の存在も分からない。だから解決の必要性も感じなし、限界があることも分からない。限界を突破する必要も感じない。

でも上司は、刻々と変わる状況と格闘しながら、問題解決、限界突破に迫られている。
そこで、なんとかそちらに向かわせようとするけれど、本人は十分やっているつもりだし、なにをどうしたらいいのか分からない。


限界が分からないと、10年たってもそのままということになります。

そこで、「能力の限界」をカルチャーショックによって知らせます。この段階で伸びる人と伸びない人の違いが出ます。
「能力の限界」を知り伸びたいと思う人は「学びたい」と感じ、その実行によって成長します。過去の体験や履歴とは一線を画した意欲や意識が力を発揮します。
具体的に言うと、いままで自分なりに頑張って来た。しかし実態は井の中の蛙でしかない。そんな人が、より広い世界のあることを見せら知らされた。

世間は広い、上には上がいるし、もっと深い考え方もあるんだというようなことが素直に受け入れることができると、自分の能力の限界を感じて突破したいと思うようになります。


この反対の態度が「能力の限界」を認めない伸びない人です。伸びないように、伸びないように自分で自分の天井を作って蓋をしています。習慣的にこのような態度をとっているとイメージできないので、カルチャーショックを感じないことが起こってきます。
あるいは受けてもその価値を値引きして自分を優位に立たせたいと思います。自我が強すぎて事態を客観的に認められないのです。


▼例えば、わかりやすい事例として、コーヒーショップを例にあげて簡単に説明します。

あばたはそのスーパーバイザーとします。
同業に、受注の仕方、接客態度、ホスピタリティ、クレンリネスの態度や頻度・気遣いが立派な店があり。あなたは自店もそのレベルに引き上げたいと思います。

そこでマネジャーに見学に行って学んでこい指示したとします。マネジャーはおもしろくありません。その店のマネジャーと比較された上、劣っていると評価されたように感じます。そこで、同じ事はしてるじゃないかと思います。
「もし不足があるなら言えばいいじゃないか、そのくらいのこと、わざわざ見に行かなくてもできるんだからさ」と思います。


「能力の限界」を知らないとこんなもんです。 「食うために働いています」とはそういうことです。確かに作業の仕方ひとつひとつの問題なら不足している能力として上司が教えればいいのです。でも見学に行けと言うには理由があります。
それは作業の仕方ひとつひとつの問題ではなく、もっと深い世界、もっと大きな世界のあることを知らせたいからです。重要なのはここなのです。



この場合、スーパーバイザーであるあなたが教えたいのは「欠点」ではなく「限界」なのです。
・見学して自分は井の中の蛙だと感じてもらうこと
・その世界に行きたいと自分で思って欲しい

限界を知り、限界を突破したい思いをもってもらうことです。
作業能力の不足なら、手とり足とりで教えることができますが、「その世界に上昇したい」という想いは教えることができないことなのです。
思いは、本人以外にどうにもできません。自主性に任せるしかありません。
だからリーダーは出てくるもので、育てられないと言われたりします。

人が成長する、組織が成長するというのは、やって当たり前の作業能力を満たすだけでは不十分なのです。違いの 差はマネのできない思いによって運ぶものです。
外の世界を観るか観ないかで結果は変わります。


自分の値打ちばかりが気になってどうにもならない自我の強すぎる人を別にしたら、「食うために働いている」と言う人にやる気を起こさせるのは、リーダー(上司)次第です。

リーダーが内部、つまり社内や同業者、どんぐりの背比べ\終始している業界ばかり観ていて、その範囲での相対的な競争力に終始していると、カルチャーショックを与える事は不可能に近いです。そもそも「相対的」というのがくせ者なのです。


もし「相対的」な競争に勝つことでOKなら、互いの足を引っ張って相手の力を引き下げたらいいのであって、。どんどん潰し合いしていればいいのです。成長するより、成長させないようにするのが簡単で楽で手っ取り早い。事実、放っておけば、そうしています。

これは会社での能力開発、モチベーションでも、商売でも、学校の成績でも、共通した原理原則です。


▼出る杭は打たれると言う言葉の通りなのです。

会社でも頑張って人目に突き出すと「そんなに頑張ってナニになる」なんて横やりが入ります。そう言う本人は足を引っ張ろうと思っていません。親切心です。自分にも他人にも親切なだけです。「○×○組合」とか「談合」とか、親切心と合理性の集合体です。

自分が頑張るより相手が頑張らないようにするほうが楽なのです。こういう調子だから内だけの競争で上位にあっても成長なんか期待できないのです。本当に成長させるには、社外、業界外を観て、相対的な強さでなく絶対的な強さを身につけるようにしないと競争力はつかないし、成長しない。


▼外部とつなぐ

クラーク博士が「少年よ、大志を抱け」と教えたように「視野」が重要な役割をしているのです。出る杭は打たれます。それでも出る事が内から外をめざすことになります。
「食うために働いている」と言う人にやる気を起こさせるには、外の世界とつなげることが大切なのです、そのどこに到着するか、そこに進路をとるようにします。

世界の広さを教えてカルチャーショックによってめざめを期待します。君はいまここにいる、だけど世界はこんなに広い。君にはここまで行ってほしいと願う。胸に一点、外界に一点、それをつないだ一本の線が見えたとき、細くて切れそうでも、その一本の線がやる気の命綱なのです。

それを示したからといって即座に、「では、そこをめざしてがんばります」とは言わないでしょう。「このおっさん。なにを言ってるのだろう。」くらいでしょう。


▼ だから次の3つを使ってコミュニケーションを繰り返します。
・リーダー自身が「おれはそこに行きたい」と繰り返す
・「きみなら行ける」を繰り返す
・そこに行くメリットを繰り返し伝える
自分がそれにふさわしい力を身につけているかを気にしない。ふさわしい力を身につけるように努力している姿の方が重要です。

では、どんな外部があるのでしょうか?どこから観るかで景気は変わります。
小さな丘から見える景色と富士山では違います。
観るものすべてから学ぶことができるのは、それだけ高い場所から観るからです。

本人が認識しやすい広さを選んであげて、ここから観てごらん。と眺めの良いポイントと、いま君はあすこにいるんだよと本人の居場所を 教えてあげることで、全体像がつかめるようにします。